主に半兵衛受けのお話が多いです。

まわりみち 2


 突然始まった奇妙な同居生活だったが案外すぐに慣れてしまい、人間の持つ順応性に半兵衛は感心した。
「おい、終わったぞ」
 キッチンで濡れた手を拭きながら龍興が声を掛ける。
「ありがとう」
 机に向かい勉強をする半兵衛がそれに返事をした。
 夕食の支度と片付けを済ませた龍興は部屋の隅にある小さなテーブルへ向かい座椅子へと腰掛ける。鞄からノートや教本を取り出すと半兵衛と同じように黙々と勉強を始めた。
 初めこそ家事という家事を全て半兵衛がこなしていたのだが、ある時半兵衛が不服を漏らすと龍興は面倒だと文句を言いつつも家事を手伝うようになった。てっきり腹を立て出ていくなり癇癪を起こすなりするだろうと予想していた半兵衛は驚いた。
「朝は肉が食いてぇ」
「はいはい、分かったよ」
 いつの間にか今日は龍興、明日は半兵衛というように家事は交代制になっていた。
 家事に時間を取られ勉強の時間が減ることを不服に思っていた半兵衛にとって、この交代制は有難かった。
「驚いたねぇ、まさか君がこんなに献身的に働いてくれるとは」
「うるせぇな、急に上がり込んだ分の礼くらいするっての」
「上がり込んでる自覚はあるんだね」
「……今は俺ん家だからな」
「分かった分かった」
 互いが机に顔を向けたまま会話を交わす。
 こんな風景すらいつの間にか日常になっていた。
 人一人分の荷物とスペースが増えてしまった分、部屋は手狭に感じるが特に邪魔をしてくるわけでもない龍興は半兵衛にとって丁度よい話相手のような存在になった。
 昔のように横柄で我儘なままだったらこうはいかなかっただろう、この男も成長したのだと半兵衛は思った。

「今日の弁当、なんか、あれだな」
 半兵衛が弁当を開くと慶次が覗き込み、眉をしかめた。
「今日のはあやつが作ったのか?」
 茶色いおかずばかりで彩りのない弁当、誰が作ったのか秀吉はすぐに見当がついた。
「うん、今日の当番は龍興君だからね。もう少し野菜も入れるようにって言ってるんだけど……」
 龍興の好物で埋め尽くされている弁当の中身に半兵衛も苦笑する。
 いつものテーブルに広げられた四つの弁当の中でも群を抜いて、茶色い。
「ザ・男の手料理!って感じだな、俺結構好きだぜ」
 彩りと栄養バランスが考慮された弁当を頬張りながら慶次がちらちらと半兵衛の弁当を見る。
「あげないよ」
「ちぇ……」
 物欲しそうな視線をばっさり切り落とし半兵衛は弁当に手を付ける。
 濃いめの味付けに舌が蠢いた。
「しかし意外だな、あのいじめっ子が弁当を……」
 慶次と同じように鮮やかで体に良さそうな弁当を頬張る秀吉が唸る。
 半兵衛から聞いていた印象とは違う行動が引っかかっていた。
「そうだよね、本当に意外だったよ。最初は何もしてくれなかったんだけど、注意したらすぐ直してくれたし家事も手伝ってくれるようになったんだ」
「へぇ!案外いい奴なんだな、雰囲気もかなり柔らかくなってっしよ」
「少なくとも君よりは家庭的だと思うね」
「へいへい、そうでございますねー」
 慶次は半兵衛に口で勝つことはとうに諦めている。
 拗ねたようにそっぽを向いて弁当の中身を口の中へかき込む。
「慶次だってその気になればきっとお弁当くらい作れるわ、ねぇ」
 二人のやり取りを笑顔で見守っていたねねが口を開いた。笑顔と同じく、柔らかな声は半兵衛の耳にすっと入り込んだ。
 だが、その笑顔も声も向けられている先はただ一人。
「そうだな」
 短く答える秀吉もまた、同じように優しく笑う。
「だが我もたまには弁当でも作らねばならんな、お前にばかりで」
「いいのよ、好きでやっているしとても楽しいの」
 誰が見ても微笑ましいと思う光景、それなのに勝手に胸を痛める自分に半兵衛は嫌気がさした。
 隣で幸せそうに微笑んで二人を見つめる慶次の存在もまた半兵衛を苦しめた。
 感情表現があまり豊かな方ではなくてよかったと、こんなにも思ったことはなかった。
「でもさー、意外といえば半兵衛が誰かと同居することも意外だったよな」
 あっという間に弁当を空にした慶次が食べることから喋ることへギアを切り替えた。
「そうかい?」
「そうそう、なんていうか家族以外の他人と一緒に住むってやっぱちょっとストレス感じるだろ?半兵衛みたいに友達いない人見知り人間が大して仲良くないやつと住むって想像もしなかったよ」
 慶次の失礼な発言は見逃してやることにしたが、半兵衛は確かにと頷いた。
 秀吉と慶次以外に特別親しい友人はいなかったし、他人にあまり干渉されるのもあまり好きではない。
「龍興君は、わりと楽なんだよ。昔みたいにちょっかい掛けてくることはないし邪魔もしてこないし、それに自分のことは自分でちゃんとするんだよ」
 昔のやんちゃぶりからは考えられないと、半兵衛は小さく笑った。
「……」
「秀吉、どうかした?」
 ふと、黙り込む秀吉に半兵衛が首を傾げた。
「いやなんでもない。まぁもし何か困ったことがあれば我らに相談しろ」
 何か考えるような顔をしていたが、すぐに秀吉は首を横に振った。
 そして、ノートを貸してくれた時と同じ笑顔を半兵衛に向ける。
「いつでも頼ってくれ」
 太陽のように暖かい笑顔が半兵衛には眩しく、そして辛かった。
 どうしても考えてしまうのだ。
 この笑顔を無条件にいつでも受けられる存在がいるということを。

 乾かしたばかりでふわふわと揺れる銀髪を軽くなでながらリビングへ入ると、龍興が座椅子を倒してその上で携帯を弄りながら寛いでいた。
 半兵衛より先に風呂を済ませた龍興は既に寝間着姿で、掛布団を胸元まで引き上げ寝る体制に入っていた。
 今日の分の課題は終わったらしくテーブルの上は片付いている。
「もう寝るかい?」
 自分の勉強机に腰掛けながら半兵衛が聞いた。
「あぁ」
 携帯に視線を向けたまま龍興が返事をする。
 二人の会話は基本的に目も顔も合わせない、必要最低限の確認や要求を伝えて応えるだけ。
 半兵衛にとってはこのくらいが丁度良かった。
 秀吉や慶次のように特別親しいわけでもない人間との同居、しかも龍興という良い印象のない男との同居に初めこそ不安を抱いていたが今ではストレスをほとんど感じることもなく生活を送ることができている。
「僕はもう少しやっておきたいことがあるから、電気まだつけててもいいかな?」
「あぁ」
 再会時にいきなり部屋の所有権を奪い取られたりもしたが、多少の配慮はできる人間になっていてよかったと半兵衛は安堵した。
 ノートを開こうと手に取った時、机に置いてある半兵衛の携帯が鳴った。
 画面に表示さる名前を見るよりも先に、半兵衛の顔には笑みが浮かんでいた。
 この部屋に来てからよく耳にするメロディ、龍興はちらりと半兵衛の方へ視線を移すが興味なさそうにすぐ自分の携帯へ視線を戻す。
 音だけで誰からの電話か、二人共分かっていた。
「秀吉、どうしたんだい」
 嬉しそうな半兵衛の声だけが部屋に響く。
 半兵衛の携帯の着信音は二種類、一定のリズムで鳴る無機質な電子音と柔らかいメロディ。
 秀吉の着信だけこの柔らかいメロディに設定しているため、音が鳴ればすぐ秀吉だと分かる。
「うん、うん……そうだね、僕もそう思う。あぁ、そこは明日またみんなで詰めてみようか……」
 時間にして十分にも満たない短い会話。
 それでも着信音が鳴った瞬間から会話の終わりまで、毎回半兵衛は幸せそうに表情を綻ばせる。
「うん、それじゃ……おやすみ」
 そして会話を終える時には少し寂しげに笑って目を伏せる。
 ささやかな幸せを噛み締めて携帯を机に置くと、背後から声を掛けられた。
「おい」
「あ、ごめん、うるさかった?」
 もう今日は電話しないよと半兵衛は肩越しに答える。
「ちげぇよ……その秀吉って奴、いつも一緒にいる奴らのでかい方だよな?」
 珍しく喋る龍興から更に珍しい名前が出てきて半兵衛は少し驚いた。
 どうしたのかと振り返って見ると、座椅子から身を起こした龍興と目が合った。
「そうだけど」
「お前さ」
 龍興が蛇のような金目を鋭く細める。
「好きだろ、あいつのこと」
 途端に半兵衛は目を見開く。一瞬で全身の血の気が引いていくのが分かった。
 沈黙のまま向けられる鋭い視線が受け止めきれず、半兵衛は龍興に背を向ける。
「なぁ」
「……」
「無視すんなって」
「……だったらなに」
 答えるまでやめてもらえない雰囲気に半兵衛が震える唇を開く。
「あいつはやめとけ」
「なんで君がそんなことを」
「だってあいつ、女が好きだぜ」
「……ッ」
 その言葉を聞いた瞬間、半兵衛が思いきり机を叩きつけた。
「そんなことは分かってる!」
 悲鳴のように半兵衛が声を荒げる。
 女が好き、それは半兵衛が一番聞きたくない言葉だった。
「分かって、る……ッ」
 秀吉は間違いなく女が好きだ。同性であり友である自分の想いは絶対に受け入れられないし伝えてはいけない。
 想いを伝えることはただの自己満足、秀吉を傷つけ不快にさせてしまうだけだ。
 だがもし自分が女だったら、もし違う性で生まれて出会っていればねねのように隣で微笑むことが許されたのではないか。
 あの優しい笑顔と声と、温かい心を注いでもらえたのではないか。
 今まで半兵衛は何度もそう考え悩んだ。
「……ごめん」
 消え入りそうな声で呟いて、半兵衛が立ち上がる。
 震える手で上着を掴むと龍興に目を合わせようともせず足早に玄関へ向かう。
「どこ行くんだよ」
 携帯も財布も持たず身一つで外へ出ようとする半兵衛の腕を龍興が掴み引き留める。
「離してくれ、少し頭を冷やしたい……」
 半兵衛は言葉に静かに怒りを込める。
 とにかく早く一人になって落ち着きたかった。
「またかよ」
 龍興が低く呟いた。
「……なに」
 半兵衛は苛立ちながらも普段と違う龍興の声色に振りかえる。
「またそうやって置いていくのかよ」
「は?」
「やっと見つけたってのに」
「だからなに言って」
「ふざけんなよお前……」
 地を這うような低い声と今まで見たことのないくらい鋭く光る金目が半兵衛を捉える。
「龍興、君……?」
 明らかに様子のおかしい龍興に半兵衛が戸惑う。
 並々ならぬ雰囲気に早く腕を払わなければ、と咄嗟に半兵衛が力を込めるがそれよりも強い力で龍興が腕を引いた。
「痛っ、離して!」
 あの目は尋常ではない、そう直感し逃れようと藻掻くが、体格も力も勝る龍興は易々と半兵衛を部屋へと引き摺り戻していく。
 痛みを訴える半兵衛に龍興は見向きもせず、より強く腕を引き半兵衛をベッドへ投げ付けた。
「うっ……」
 柔らかいスプリングとはいえ勢いよく身体を打ち付けると鈍い痛みが走った。
 痛みに耐えながら体を起こそうとする半兵衛に素早く龍興が馬乗りになり、両腕を掴んでベッドに押さえつける。
「た、龍興君、なに……一体どうしたんだ」
 さすがに半兵衛も混乱を隠し切れず声が上擦る。
 蛇のような金目が真っ直ぐ半兵衛を捉え、逃がすまいとぎらついた。
「俺、探したんだぜ、お前のこと」
 不安に怯える紫の瞳を捉えたまま、半兵衛が掴んでいる上着を奪う。
「中学上がる前に黙って引っ越しやがって、お前の親父は会社辞めてる上にクソ親父は引っ越し先の住所なんか聞いてねぇって言うし……どいつもこいつもなめやがって……」
 龍興は普段の倍以上の数の言葉をぶつぶつと呟きながら、奪った上着で半兵衛の両手を縛り上げていく。
 その動作は酷くゆっくりと行われているのに、恐怖のあまり半兵衛は抵抗することも目を逸らすこともできなかった。
「でも、あの大学でやっと見つけた。そんでクソ親父を伝手に入学して、ジジイの金で一緒に暮らし始めたのに……お前またどっか行く気なのかよ」
「龍興、君……待って……」
 縛った腕を片手で押さえつけ、龍興が半兵衛の顔を覗き込む。
 鼻と鼻がくっつきそうな距離でも金目のぎらつきははっきりと映った。
 これから自分の身に何が起こるのかを理解した半兵衛が小さく制止をするが、龍興の耳には入らなかった。
 かたかたと震える細い顎を掴んで龍興が舌なめずりをする。
「もう逃がさねぇからな」
 半兵衛が何か言おうとしたのか、小さく口を開いた隙を逃さず龍興が薄い唇に齧り付いた。

「いッ……っ、あぐ……」
 何がいけなかったのだろうか、何故こんなことになっているのだろうか、身体を揺さぶられながら半兵衛は頭の中で何度も繰り返した。
 しかし何度考えても答えは出ず、目の前で腰を打ち付けるこの男が満足するまでただ耐えるしかないと唇を噛む。
「もっと可愛げのある声出せねぇのか」
 額に汗を浮かべる龍興が舌打ちをした。
 気に食わないと眉間に皺を寄せながらもいきり立つ肉棒を半兵衛の後孔に突き刺し、己の思うがままに腰を振る。
「っ!……おねが……もっと、ゆっくり」
 今まで受け入れるということに使ったことのないそこは、無理やりこじ開けられ赤く腫れていた。
 龍興が動くたびに引き千切れてしまうのではないかというくらいそこは狭く固い。
 挿入前に慣らしはしたが、それはあくまで龍興が挿入しやすくする為で半兵衛の負担を軽くするほどのものではなかった。
「苦しい……痛い、よ……」
 後孔だけではなく、行為のために広げられた足と折り曲げられた身体も既に悲鳴を上げていた。
 熱と硬さを保ったままの龍興に反し、半兵衛の肉棒はふにゃりと横たわったままだった。
「うるせぇな、息吐いて力抜け」
 痛みと苦しさで涙を滲ませる半兵衛を龍興は冷たく突き放す。
 そして少しでも後孔が緩むと遠慮なくその中を抉った。
「あっ……い、ああッ」
 押し寄せる質量の苦しさに半兵衛は声を上げる。
 龍興の望むような可愛らしいものではなかったが、それでも龍興は満足だった。
 普段涼しい顔しか見せないこの男を、苦しさに顔を歪め涙を流させているのは自分だという征服感がたまらなかった。
「っ……おい、出すぞ」
「や、嫌だッ……!」
 龍興の言葉に半兵衛の顔がさらに青ざめた。
 好きでもない相手に射精される恐怖と屈辱に怯え、縛られた腕で被さる胸板を押し返し必死に抵抗をする。
 だが体格と体勢で勝る龍興は半兵衛の細い両腕ごと身体を抱え、より深くその後孔に自信を突き刺した。
「んぁッ、いや、嫌だッ!……やめて!お願い、あぁ……ッ」
 激しくなるベッドの軋みと、耳にかかる熱い吐息が半兵衛を追い込んでいく。
「くっ、出る」
「ッ……い、やだぁ……やだぁッ!」
 嫌だ嫌だと抵抗をする半兵衛を無視したまま、龍興は激しい律動を繰り返す。
「く、ッ……!」
 一瞬、龍興は苦しげな声を漏らすと肉棒を半兵衛の奥に突き刺したまま身体を震わせた。
 その動きに合わせて自分の中に熱いものが注がれていく感覚に、半兵衛は涙を流した。
「うあ、ぁ……や、だ……」
 びくりびくりと震えながら後孔を満たすものを、もうただ受け入れることしかできない。
 せめて早く退いてくれないかと、顔を逸らし射精が終わるのを待った。
「っ……ふっ……」
「はぁ、はぁ……おい……」
 上がった息を整えながら龍興が上体を起こす。
 泣きじゃくる半兵衛に声をかけるが、目を合わせる素振りはなかった。
「もう、いいだろ……早く離して……っ」
 それどころか相変わらず拒絶をする半兵衛に龍興は苛立ち、汗で張り付いた赤髪を乱暴に掻き上げ舌打ちをする。
 ふと、龍興の金目が、震える半兵衛の白い首筋を捉えた。
 顔を逸らしてくっきりと浮き上がった筋、龍興がそこに指を這わせる。
「なにして……あっ!?」
 予想していなかったくすぐったさに戸惑いを見せた半兵衛が、直後に悲鳴を上げた。
 龍興が半兵衛の首筋に思い切り歯を立てたのだった。
「いッ、痛い!やめて!痛いって……ッ!」
 半兵衛の懇願を余所に、龍興は容赦なく歯を食い込ませていく。
 あまりの痛みに半兵衛が身体を捩らせるが、それすらも龍興に押さえ込まれてしまう。
「やだっ、もう嫌だッ!」
 抵抗のできない痛みと恐怖から半兵衛は子供のように泣き叫ぶ。
 ようやく龍興が口を離すと、首筋には深い歯型と真っ赤な血が滲んでいた。
「すげぇ、綺麗についた」
 自分でつけた歯型を指で押しつぶしながら、龍興がうっとりと笑う。
 その口元は半兵衛の首筋から出たのと同じ血で照り返っていた。
 傷口を潰される痛みに顔を顰める半兵衛だが、突然はっとして、恐る恐る龍興の方へと視線を移す。
「龍興君……」
 先程射精し納まったはずの肉棒が、後孔の中で再び硬さを取り戻していることに半兵衛は気付いた。
「あぁ、そうだな」
 不安そうに見上げてくる半兵衛に龍興がにやりと笑った。
「もう少し付き合え」
 
 続く。

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