主に半兵衛受けのお話が多いです。
まわりみち 3
携帯から流れるよく聞き慣れた柔らかいメロディで、半兵衛は目を覚ました。
瞼を開くと部屋は既に明るく、日が昇ってから随分と時間が経っていることが分かった。
「秀、吉」
枯れた声で着信相手の名前を呟き、重い体を起こした。
メロディが流れ続ける携帯を探すが近くにはなく、ベッドの向かいの机に置いていたことを思い出し、床に足を着く。
腕に腰に喉、体のあちこちが痛んだが、今はそんなことよりも電話を取らなければという気持ちが大きかった。
「っ!」
ベッドから腰を浮かせようとした時、半兵衛は強い力で後ろに引かれ再びスプリングに倒れ込んだ。
衝撃に思わず目を瞑ると、その隙に両肩を掴まれベッドへ押し付けられた。
恐る恐る瞼を開き視界に移り込んだのは、刺すように鋭い金目だった。
「龍興、君」
「出るな」
不機嫌そうに呟き、龍興が机の上にある携帯を一瞥する。
電話の向こう側の人物が龍興は気に食わなかった。
半兵衛が何かを思うよりも先に行動をさせることのできる存在に苛ついていた。
「でも、とりあえずは出ないと。何も言わずに学校を休んでるから、きっと心配してる」
できるだけ龍興を刺激しないようにと、半兵衛は慎重に言葉を選ぶ。あくまでもこれ以上心配させない為、休んでいることを上手く誤魔化すだけだからと。
半兵衛の言葉に龍興は表情を変えず何も答えない。
何度か同じフレーズを繰り返し、鳴り続けていたメロディが止む。
「……」
「……」
視線を合わせたまま二人の間に沈黙が流れる。
あまりの気まずさから半兵衛が何か言おうとした時、肩を掴んでいた龍興の手が力を緩めた。肩からなぞるように指先を這わせ、首筋に残る歯型を軽く押し潰す。
「い……っ」
鈍い痛みに顔を顰め、半兵衛が小さく唸った。
「……悪かったな」
「は?」
突然の龍興の頼りない声に半兵衛は驚き、そして不気味に感じた。
起伏の激しい龍興の行動は予想ができない。
「な、にが」
何に対して悪い、なのかを恐る恐る半兵衛が尋ねる。
どうしても嫌な予感がして口が上手く動いてくれない。
そんな半兵衛の心情を知ってか知らずか、龍興が薄く微笑んだ。
「今日はちゃんとよくしてやるから」
龍興の優しい微笑みに半兵衛は凍り付いた。
また始まるのかと。
「い、やだ……もう、いや……」
途端に昨夜の行為を思い出し、半兵衛は怯えた。
「大丈夫、気持ちよくしてやるよ」
震える半兵衛の頬に手を添えて龍興は優しく囁く。
「違、ちょっと待って……あッ」
半兵衛の制止を無視して、龍興は白い首筋に舌を這わせた。
鎖骨から噛み跡へとなぞり、耳朶を口で食むと半兵衛が高い声を漏らす。
「いぁっ……待って、んっ……」
柔らかい耳朶を軽く噛みながら、片方の手で胸や腹を撫でまわすと半兵衛の息が徐々に上がっていく。昨夜と違って優しく龍興に触れられる体は確実に熱を帯びていった。
このままでは、そう思った時、机の上にある携帯から再びあのメロディが流れた。
「……チッ」
一瞬、龍興が動きを止め舌打ちをする。
今しかない、そう思い半兵衛は龍興を止めようと試みた。
「た、龍興君待って!」
体をまさぐる龍興の手を半兵衛が掴む。
「一度電話に出させて、お願い」
ただ一言伝えるだけだと半兵衛は声を震わせた。
不安そうに眉を曲げる半兵衛に龍興がまた、優しく囁く。
「出るなって言ってんだろ」
「どうだ秀吉、まだ半兵衛出ない?」
昼食を済ませ、先程から何度も携帯を耳に当てる秀吉に慶次が声を掛ける。
「……駄目だ、やはり出ぬ」
朝から一向に連絡の取れない半兵衛を心配し、眉間の皺は普段より深く刻まれていた。
そんな様子の秀吉に影響されてか、慶次もねねも不安げに顔を見合わせる。
「なにかあったんじゃないのかしら」
「そうだな、今まで半兵衛が何も言わずに休むことなんてなかったし」
あまり体の強い方ではない半兵衛は体調を崩し学校を休むことは何度かあったが、必ずその都度秀吉へ連絡を入れていた。それなのに今回は半兵衛からの連絡が無いばかりか、こちらからの連絡すら繋がらない。
「一応メールだけ入れておくか……」
時間ができたら連絡をくれと秀吉は文字を打つ。
暗い顔をする秀吉を心配し、携帯を握る大きな手にねねがそっと自分の手を添える。
「もし帰る頃になっても何も連絡が無いなら、家に寄ってみてあげて。きっと大丈夫だと思うけれど」
励まそうとしてねねは笑顔を作ってみせる。
半兵衛や慶次のことになると秀吉は過保護気味になることをねねはよく理解していた。大好きな人の大切な友人、ねねにとっても半兵衛のことは心配だった。
「あぁ、すまん、お前にまで心配をかけて」
「私のことはいいの。それより半兵衛から連絡が来たら私にもすぐに教えて」
柔らかく笑うねねにつられて秀吉の表情も少し和らいだ。
ねねの言葉に頷いて、秀吉は再び手元の携帯に目を向ける。
何故か分からないが胸騒ぎがするする。
早く通知が鳴らないかと、こんなにも願ったことはなかった。
「……あいつも来てないのか」
互いを気遣う二人には聞こえない程小さな声で、ぼそりと慶次が呟いた。
校内にいると大抵目に付くあの赤い髪の一年生を今日はまだ見ていない。半兵衛と一緒に住んでいることから何か関わっているのではと考えてしまう。
もし今日中に連絡が無いなら自分も秀吉と一緒に半兵衛の家に行こうと慶次は決意した。
「よし、もう行くか。そろそろ午後始まるぜ」
空気を変えようと慶次がわざと明るく声を掛ける。
「そうね」
「うむ」
慶次につられ秀吉とねねも何とか笑って頷く。
三人とも今は半兵衛からの連絡を待つことしかできない。
そして三人の待ち望んだ連絡は、午後の授業が終わると同時に届いた。
半兵衛と龍興が大学を休んで五日が経とうとしていた。正確には土日を挟むため、休んだのは三日。半兵衛は風邪をひき、龍興がその看病をしているということになっているが、その言い訳もそろそろ限界だろうと半兵衛は感じていた。
休んだ初日の夕方、漸く龍興との行為から解放された半兵衛が必死に龍興を説得をし、なんとかメールだけ返すことを許され震える指で秀吉に返信を返した。もう少し遅ければ家に尋ねていたという秀吉からの返事に半兵衛は息を飲み、同時に安堵した。無理矢理でも連絡をしてよかったと。こんな姿を秀吉には見せられない。
そして龍興に再び説得を試みた。
「連絡がつかないと彼らが心配して家に来てしまうんだ。それは、君も嫌だろ?」
更に、邪魔されたくないでしょと付け加える。そう言った方が龍興は飲んでくれると思ったからだ。
「何だよそれ、鬱陶しい奴らだな」
至極嫌そうな顔をされたが、半兵衛の予想通り龍興は要求を飲んだ。
この日から五日間、半兵衛は外に出ることは許されず、龍興も一切外出をしなかった。そして昼夜を問わず龍興の気が向くままに体を重ねる。初めこそ身も心も苦痛に悲鳴を上げていたが、皮肉にも体は徐々に行為を受け入れやすい体へ早々と変化していった。龍興はそれをそっちの才能があると、笑っていたが半兵衛は認めたくなくて必死に目を逸らした。人はどんな状況にも慣れてしまう生き物だから、仕方がないのだと。
この苦痛の五日間で、半兵衛が気付いたことが二つあった。
一つは、言うことさえ聞いていれば龍興は意外に優しいということ。幼馴染とはいえ強姦された相手に優しいという言葉を使うのはおかしいと半兵衛自身も分かってはいる。だが必ず行為の後には、ぐったりと横たわる半兵衛を抱え風呂に連れ、汗や体液でべた付く体を洗い、後孔に放った白濁を掻き出してくれた。そして動けない半兵衛の代わりに自ら進んで家事をする。龍興は一体何がしたいのか、何の為に自分を閉じ込めたのか半兵衛には理解できなかったが、今は様子を見ようと与えられる食事に黙って手を付ける。その料理の食材も、毎日鳴るインターホンと共に家に届くのだが、どこから届いているのか半兵衛には全く知らされなかった。
もう一つは、龍興は機嫌が悪くない時はまともに話ができるということ。携帯を使うことも、龍興にとって害にはならないことを説明すると使ってもいいということになった。だが、秀吉や慶次達の話をするのは気に入らないらしい。一度、大学でのことを聞かれ半兵衛が微笑み混じりで話したせいか、酷く龍興は機嫌を損ねてしまった。その日は休む間もなく何時間にも亘って執拗に体を責め立てられた。殴りはしないもののそれは暴力に等しいくらい半兵衛を追い詰めた。
それ以来、半兵衛は余計な事は喋らなくなった。聞かれたことに当たり障りなく、且つ無関心に聞こえないように答える。
そして五日目、日曜日の夜を迎えた。
「ねぇ、龍興君」
ベッドで胡坐をかいてテレビを見ている龍興の後ろから、半兵衛が半身を起こして声を掛ける。
行為が終わり落ち着いたばかりで二人ともまだ裸のままだったが、互いに気にもならなかった。寧ろこの五日間は服を脱いでいる時間の方が長い。
「ん?」
視線は向けないまま、龍興が返事をする。
この声色は機嫌がいいと判断した半兵衛が向けられた背中にそっと額をくっ付けた。
「……」
「あ?何やってんだお前」
半兵衛の珍しい行動に、龍興は視線だけを背中の後ろに向け、眉を顰める。
「……たい」
「あぁ?」
消え入りそうな声で半兵衛が何か呟いた。上手く聞き取れず龍興が体を後ろに捻る。
背中に預けていた額は視線とともに、皺の寄ったシーツへ向けられる。
「何だって?」
俯き黙ったままの半兵衛に龍興は首を傾げる。何となく目の前の銀髪に手を伸ばした時、半兵衛が静かに口を開いた。
「学校に、行きたい」
その言葉に龍興の手がぴたりと止まる。
「なんで」
明らかに不満げな声色に変わった。
少しまずいと思ったが、それでも半兵衛は折れない。龍興は必ずこの要求を飲むと確信していたから。
「学校に行きたいんだ」
「だからなんで」
苛立ち交じりに龍興が同じ問いをする。
銀髪に伸ばした手が赤い前髪を荒々しく掻き上げたが、半兵衛はゆっくりと息を吸い、話を続ける。
「僕は、勉強がしたい……勉強がしたくて、大学に入ったんだ、だから、もうこれ以上遅れるわけにはいかない」
話しながら半兵衛は正座をし、膝の上に乗せた手をぎゅっと握っていた。
本当の理由は違う。いや違いはしないが、一番の望みは秀吉に会いたいということだった。
この五日間、辛く苦しい時にはいつも秀吉のことを思い出し自分を奮い立たせた。たとえ秀吉が女を好きでも、あの日一人で座っていた自分に向けてくれた掌と笑顔が、半兵衛の心を支えた。
とにかく秀吉に会いたい。でもそれを龍興が決して許すはずがない。だから龍興を怒らせないように、半兵衛は慎重に言葉を選ぶ。
「まだ僕の知らないことはたくさんある」
「……」
「家だけじゃ、どうしても駄目なんだ」
「……」
「必ず帰るよ」
黙って半兵衛の話を聞いていた龍興が、その言葉に僅かに反応を見せた。
やはりと半兵衛は静かに頷き、最後の一手をかける。
「もうどこにも行かないから」
そう言って視線を上げると、鋭さを無くした、酷く頼りない金目と目が合った。
「龍興君……?」
何かを訴えるように揺れる金目。
この男はこんな目をしていただろうかと一瞬疑問に思った時、龍興が半兵衛の後頭部と背中に手を回し、逞しい胸の中へ細い体を収めた。
「なっ、た、龍興君っ」
予想外の反応に思わず声が上擦った。この五日間、何度も身体を重ねてはいたがこんな風に抱き締められたことはなかった。
「……絶対に帰って来るんだよな」
少しの沈黙の後、龍興が静かに問う。頼りなく、確認するかのように細々とした声で。
自分を犯した時とはあまりにも違う、この違和感は何だろうかと半兵衛は困惑したが、この機会を逃すなと己を鼓舞した。
「うん、ここに帰って来るよ」
優しく穏やかに囁いて、広い背中に半兵衛が手を回す。
すると、銀髪に顔を埋めた龍興が深く息を吐いた。それは諦めや呆れではなく、なにかに安堵をしたように。
そして静かにただ一言、分かったと呟いた。
久しぶりの学校に半兵衛はやや緊張をしていたが、秀吉と慶次の安心した顔を見た途端にすとんと肩の力が抜けた。
「大丈夫か?心配したぞ」
「そうそう、半兵衛がいないとなんか会話のリズムが合わねえんだよ」
いつも通りの秀吉の笑顔と、いつも通りの慶次の冗談に、半兵衛もついつい吹き出してしまう。
「僕そういう担当じゃないんだけど?」
たった数日会わなかっただけなのに、この温かさが半兵衛はとても懐かしかった。
「だが確かに、お前がいないと寂しく感じたな」
あまり無理をするなと、半兵衛の肩に手を置いて秀吉が微笑みかけた。
「うん、ごめんね」
申し訳ないはずなのに、その言葉が嬉しくて思わず口元が緩んでしまう。
それを隠すように半兵衛は瞼を伏せ、詰襟の服の襟元を少し引き上げる。
「半兵衛?半兵衛!もう大丈夫なの?」
そこへ鈴のような声で半兵衛の名前を呼ぶねねが、息を切らせながら駆け寄ってきた。半兵衛の姿を見つけて急いで会いに来てくれたようだった。
「おかげさまですっかり。心配かけて悪かったね」
「はぁ、よかった、本当によかった」
その言葉にほっとしたのか、先程まで心配そうに半兵衛を見上げていた顔にぱっと笑顔が咲いた。
ねねの素直な反応が可愛らしくて半兵衛は笑みを零す。秀吉も慶次も、ねねのこういうところが好きなのだろうと半兵衛は思った。
「みんな随分心配したのよ、特に最初の日の秀吉なんて……」
そして再び思い出す。
「おいその話はもうやめてくれ」
「ふふ、ごめんなさい」
自分がいかにこの身も心も美しい人を妬んでいたのかということを。
「あ……あいつ」
ふと慶次が遠くの方で誰かを見つけたらしく、ぽつりと呟いた。
その声につられて三人が慶次と同じ方向へ視線を向ける。遠くからでも見つけられる赤い髪、後ろ姿だけであれが龍興だと全員がすぐ把握した。
「斎藤君ね、彼ずっと看病してくれてたのよね」
休んでいる間、半兵衛が秀吉へ伝えた通りの内容をねねが笑って口にする。
何も知らない、本当にそうだと思い込んでいるのだ。
「うん……そうだよ」
「おっかない雰囲気だけど、いい奴だな」
「あぁ、近々礼も兼ねて飯でも連れて行くか」
「えっ」
「お、いいねぇ!みんなで仲良くなれたら毎日楽しそうだ」
「ちょ、ちょっと待って」
予想外の方向へ話が進みかけて半兵衛が慌てて制止する。
名前が出るだけで機嫌を損ねる龍興に、秀吉達を合わせるわけにはいかない。
「あの子そういうの苦手だから大丈夫!お礼なら僕から伝えておくよ!」
「むぅ、そうか」
「ふーん、まぁ苦手なら無理強いはできないね」
半兵衛の慌てぶりにやや首を傾げるも、本人が苦手ならと、二人とも納得し引き下がる。
「あら、そろそろ次の教室に行かないと遅れちゃうわ」
腕に付けた可愛らしい腕時計を見てねねがはっと口元に手を当てる。それが合図かのようにこの件の話は終わり、次の授業の話へと内容は移行した。
話題が逸れて安堵した半兵衛だが、見えなくなった龍興の背中を無意識に追った。そしてふと昨夜のことを思い出す。
半兵衛が学校に行く許可を得るために、龍興から出された条件があった。それは秀吉と二人きりになったり、執拗に仲良くしてはいけないということ。何故龍興にそんな条件を出されないといけないのかと疑問に思ったが、とにかく部屋を出られるならそれでいいと、この条件を飲んだ。
「半兵衛、行くぞ」
「あ、うん、すぐ行くよ秀吉」
ぼんやりと立ちつくす半兵衛をやや離れた場所から秀吉が呼ぶ。その声にはっとして半兵衛は小走りで秀吉達の後を追う。夏の終わりかけでもまだ暑く、汗で湿った首元の襟を引き上げながら駆け出した。
半兵衛は秀吉達に隠していることがある。数日間自分がどんな風に過ごしてきたかということ、そしてこの服の下のモノもそうだ。本当のことなどとても話せないし見せられない。
大切な人達を騙していることに気が引けたが、知らない方がいいこともあるのだと半兵衛は自分に言い聞かせた。
続く。
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