(出会い)

 目が覚めると知らない天井だった。という経験をする人は、なかなかいないだろう。けれど、それを経験してしまったわたしはしばらく頭を働かせることができず、ゆっくり体を起こし辺りを再度見回したあと、んん? と思い切り首を傾げた。
 まったく見覚えのない場所だった。――見覚えのない場所、というのは、文字通りの意味だ。自分の部屋じゃない、病院でもない、知らない場所――そもそもここは、日本なのか? とすら思ってしまう、やけにヨーロピアンな空間。誰かのお屋敷かなにかだろうかと思ったけれど、こんなお屋敷に住む人に拾われるようなことをした覚えもない。拾われ、攫われ――? 過ぎった可能性に、ギクッと体が強張る。
 ガチャ、と扉が開かれる音が聞こえ、恐る恐る部屋の入り口を見た。髪を白い清潔な布でまとめたメイド姿の女性の後ろに、黒い鎧をまとった紫の髪の体躯の良い男性が――

 ――え。

 ひゅう、と喉が鳴り、胸がきゅうきゅうと締め上げられる。苦しさに喘ぐように、口からは擦れた声が上がった。

「……ぐ、」

 ――グレイグ?

 その名を呼び掛けて、たまらず咳き込む。喉になにかが引っ掛かるような違和感があって、ざらざらとした痛みが走る。ベッドの上で体を折り曲げげほげほと咳き込んでいると、メイドさんが「大変!」と慌てた様子で駆け込んできた。

「まぁ、しっかり! 大丈夫よ、さぁお水を飲んで」

 カップを差し出され、慌てて中身を煽る。喉に水が染み渡り、すっかり枯れきって引き攣っていたことに気付いた。

「大丈夫か」

 メイドさんと一緒にやってきたその人、多分――グレイグ、というのだと思う。間違っていなければ、だけれど。ゆっくりと入ってきた彼は、少し距離を置いて躊躇いがちに問いかけてくるので、ゆっくりと頷いた。

「そうか」

 ほっと肩の力を抜いたような姿に、きゅん、と胸が鳴り慌てて顔を俯かせる。かぁ、と顔が赤くなる気がして、どきどきと胸の高鳴りが頭の中に響いた。
 ――あぁ。グレイグ、なの?

「あなたはデルカダール領地の外れで倒れていたのだ。魔物に襲われた村の近くだったが……そこの村人、か?」

 言いづらそうに聞かれ、心当たりのないわたしはゆっくりと首を傾げる。よく見ればところどころ包帯が巻かれていて、痛みはないものの傷だらけなことに気が付いた。まったく覚えがない、それどころか、ここに来る前なにをしていたのかもわからない。
 突然それがものすごく不安なことに気付いて、どくどくと鳴る鼓動が種類を変えた。

「グレイグ様、お気持ちはわかりますが、まだお目覚めになられたばかりです。お体に障りますわ。容態が落ち着いてからではいけませんか?」
「む、そうだな。失礼した」

 少し咎めるような強い口調でメイドさんが言うと、彼はハッとした様子で頭を下げた。

「私の名はグレイグ、ここデルカダール国で王の忠臣を務める、騎士だ」
「グレイ、グ……」

 その名前を噛み締めるように呟いて、グレイグ、と、胸中で呟く。グレイグ。――グレイグ。何度も胸の中に響かせた。グレイグ――。

「ではな。また来よう」
「尋問は許しませんよ」
「尋問まではいかないが、許せ、ホメロスに報告せねばならんのだ」

 どこかばつが悪そうに答えたグレイグは、踵を返して部屋を出て行ってしまった。姿がなくなったことに安心するような、寂しいような、複雑な感情が浮かぶ。

「……グレイグ」

 ――グレイグ。心をくすぐる、この気持ちはなんだろう。




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