(原作前/なにかの都合でホメロスたちと外出)
悪戯だと呼べる程度の魔物の道楽の始末を終えたホメロスは、隣で想い人を待つ娘にふんと鼻を鳴らした。グレイグは今頃、村娘たちに囲まれて求婚を迫られているのだろう。いつものことだ。ホメロスは気にも止めない。だが、そのいつもの光景を知らないイアは、先ほどからそわそわと落ち着かなかった。
「気になるなら、行ってくればいいだろう」
「……うん」
小さく俯いて、イアは黙り込んでしまう。彼女はグレイグの恋人ではない。ホメロスはグレイグの気持ちをとうに知っているので気にする必要などないと思えるが、そんなことを欠片も知らないイアは気になって仕方ないのだろう。自分の想い人が他の異性に囲まれている、など、まぁ確かに落ち着く状況ではないだろうなと思う。だからといって、ホメロスがなにかをしてやる気はさらさらないが。当人同士の問題だ、他人が介入することでもない。
などと考えていたホメロスは、つん、とマントの裾が引っ張られ「む、」と眉を顰めた。いったいなんだと振り向けば、誰もいない。視線を下に向けたことで、ようやく足元でこちらを見上げる少女の姿に気付いた。
「あの、お花……」
「は?」
訳が分からず心の底からの声が出た。ぱちぱちとまばたいていると少女はきゅっと唇を噛み締めおずおずと俯いていくのでその様子をぽかんと見つめ、なんだこの状況はとホメロスは呆然とする。対応できずにいると隣に立っていた娘がしゃがみこんで、少女と目を合わせた。
「まぁ、かわいいお花」
「あ、あのね、摘んできたの!」
「そうなの、素敵ね」
にこりとイアが微笑めば、少女はほっと肩の力を抜き摘んだという花を差し出してくる。綺麗でもなんでもない、その辺に咲いている野花だ。しかしそれを向けられたイアは「まぁ」とうれしそうな声を上げて受け取ると、少女の頭をさらりと撫でた。
「くれるの?」
「うん! あのね、魔物、やっつけてくれてありがとう!」
「うれしい。ありがとう」
ぺこっと頭を下げた少女は逃げるように去っていく。その姿を見送り、なるほどお礼を言いに来たのかとようやく察した。子どもの言動はわかりにくい。
「そんなもの、受け取ってうれしいか?」
「もちろん」
にこにこと笑むイアは本当にうれしそうだ。お世辞ではなかったらしい。理解出来んなと鼻を鳴らせば、イアは困ったように笑う。
「摘まれなければ、もう少し長く咲けていただろうに」
「そうだね。花を摘み取るのは、人間のエゴだわ」
てっきり反論が返ってくると思っていたホメロスは、イアの反応に面喰った。意外だと視線を落とせば、イアは受け取った花の一本を指に取り唇を近づける。
「これはね、あの子の感謝の気持ち。きっと言葉にするだけじゃ物足りなくて、見える形にして渡したかったんだと思う。気持ちを物に変えれば目に見える形で伝えることができるでしょ? これはあの子のエゴで、同時にあの子の感謝の気持ち。だから、うれしいの」
「……そうか」
ただグレイグが好きなだけのねじの外れた女だと思っていた。……とは口が裂けても言えないが。イアの言葉に、ホメロスは花に視線を落とした。人になにかを伝えるために、わかりやすい形で。ホメロスは首から下げたペンダントを手に取り、それを見つめる。
「はい、ホメロス」
と、彼の視界に花がずいっと現れて、ホメロスは面食らった。いつの間にか花を結んで冠にしていたらしいイアがそれを当然のように渡してくるので、なんの真似だと眉を顰める。
「これ、ホメロスにってあの子が摘んできてくれたのよ」
じっと見つめられればいらないとは言えずつい受け取ってしまったが、これを被るわけにもいかない。間抜けな顔でにこにこと笑うイアの顔になぜか苛立ち、はぁと露骨にため息をついた。
「こういうのは、お前の方が似合うだろ」
「わっ」
ぽす、と冠を乗せると、ちょうどイアの頭にバランスよく載る。その様子に満足して目を細めれば、イアはぽかんとまばたきした。
「……やだ、ホメロスったらかっこいい」
「惚れたか?」
「グレイグがいなかったらね」
向けられる笑みに胸がざわつく。ふいと視線を背ければ、随分と疲弊した様子のグレイグがふらふらとこちらに向かってきていた。どうやら女性衆の求婚の嵐からようやく抜け出せたらしい。
「どうしたグレイグ、今回は早かったじゃないか」
「…………酔いそうだ」
本当に顔色が悪かったので、こいつも難儀だなとホメロスは笑った。どうしてこうも女が寄りついてくるのに女に慣れないのかが不思議で仕方ない。ちら、とイアに視線をやれば、彼女は複雑そうな顔で笑っていた。
グレイグの前で、あの顔はしないのか。――不安げな、今にも泣きそうな。その気持ちを堪えて、お前は笑うのか。
「もう、グレイグ。私の前で浮気するなんてひどぉい」
「う、浮気!? そんなものはしてい……ん、イア、それは?」
戯れるようにイアはグレイグの腕に指先を絡める。その動きにグレイグの青ざめていた顔にさっと朱が走ったが、イアの頭に乗っていた花冠に気付いたらしく中途半端に言葉を止めた。花に無骨な指が触れる姿は絵にならないが、イアはにこりと笑う。
「ここの村の女の子がね、お礼にって摘んできてくれたの」
「そうか。お前はそういうものがよく似合うな」
「……え」
途端顔を真っ赤に染めたイアは、さっと顔を俯かせ耳にかけていた髪を下ろし戸惑ったように指先をそわそわと動かした。だが、その口元が緩んでいる様子が目に映り、ホメロスは目を細める。
「や、やだっ、グレイグったら! 私が花みたいに可憐だなんて!」
「そんなこと言ってないだろ。どこまで前向きなんだ」
思わずホメロスが突っ込めば、イアはこちらを向きえへへとはにかむ。その笑顔をグレイグに見せてやればいいと言うのに。イアはぷくっと頬を膨らませ拗ねたふりをして、ホメロスをぽかりと叩いた。
「もう、ホメロスのいじわる」
そう言いながら笑みを浮かべるイアは、まるで陽だまりの中に生きるようだ。――光を模したグレイグの隣がよく似合う。心から、そう思った。
花は摘まれなければ長く咲き誇っていられる。イアも同じように、誰にも摘み取られなければ――ホメロスが触れなければ、いつまでも笑っているのだろう。
だが、花を摘み取るのは人のエゴだと言うように。エゴであってなお、少女の好意にイアが笑ったように。
浮かび上がる感情から目を背けるように青空に目をやった。眩しい、光はあまりにも、眩しい。その光を受け、ホメロスは願う。
(どうか、出てきてくれるなよ)
恐れは日に日に増していく。勇者よ。どこかで生きているのであろう、勇者よ。どうか、オレたちの前に現れてくれるな。
彼が従える本当の王は、まだ成りを潜めている。だがそれも、勇者が現れるまでだろう。勇者の存在が再び世に晒されれば――動かざるを得なくなる。そうすればもう、こんな時間を過ごすことは叶わなくなる。グレイグもホメロスも、互いが忠誠を誓う王が違っていたとしても、一つの命の元動かなければならない。……だからこそ。
(……出てきてくれるな)
小さな村に生きているのであれば、その狭い世界で生涯を終えてくれ。穏やかな村の少年のまま、穏やかな時の中で、生きてくれ。
今のこの瞬間に流れている時すら仮初めのものなのだと知っている。所詮は脆く崩れ去るものだと知っている。やがてこの心は自分ではどうにもならないほど闇に染まっていくと知っている。だからこそ、願わずにはいられない。
刹那のこの温もりが、悠久のものであるように。――出てきてくれるな。現れてくれるな、勇者よ。オレはこの穏やかな時を、取り戻しかけたなにかを――手放したくは、ないのだ。
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