「爆弾の解体ィ?」
「そ。教えてやろうか?」
喫煙所として使っている屋上で鬱陶しそうに風に煽られる髪を抑える彼は、更に顔をしかめて俺の言葉の続きを待った。
爆発物の解体を専門とする俺の技術を彼になら教えてもいいと思えたのだ。実際、そう思ってある男にも教えてやったもんだ。飲み込みの早い奴だったからすぐに覚えてあっけなかった記憶もある。
「知ってて損はないだろう?」
フィルター越しに一息吸って紫煙を吐く。
一連の動作を見ていた彼が、ふいに視線を逸らして微妙な顔をした。
「別にいい」
返ってきた言葉はなんとも素っ気ないものだった。てっきり食い気味で教えてほしいと言うだろうと予想していた俺は、とんだ肩透かしをくらう。
彼、時友名前がどういう人間であるか、やはり未だに掴めない人間性であることは間違いない。彼は俺にまだ本当の自分を見せてくれていない。
ただ前よりも距離が近くなり、彼が度々俺の前に現れるものだから勘違いしてしまいそうになる。わかった気になってしまいそうになる。よくよく考えればあり得ない話なのにな。
初めて彼に会ったときに一方的に取り付けられた口約束のようなものを、彼は後日ちゃんと果たしてくれた。
好きだと言った覚えのない強めの辛口である一升瓶を俺に届けたあと、お互いの予定を調整して酒の席を設けたのだ。
*****
彼が指定した店を前にしたとき、俺は自分が着ていたくたびれたスーツを思わず脱ぎたくなった。
老舗旅館のような純和風の門構えをくぐり、女将に部屋まで案内されるまでの間、視界に飛び込んでくる店内の内装が尋常じゃないほど俗世とかけ離れた空間だった。
こちらです、と通された部屋からは中庭に作られた枯山水を独り占めできる作りになっており、ふわりと香る畳の匂いですらもその部屋を作り出す一部となっていた。
部屋について早々着替えてくると言って席を外した彼に、俺だってできることなら着替えてぇ…と落胆せざるを得ない。彼を待つ間、女将が来て机の上に料理を盛り付けていく。その品々が妙に時代を感じる、と思った矢先、彼が深緑の着物を身にまとい帰ってきた。
高く結っていた髪をおろし、緩く三つ編みにしたそれを右肩から垂らしていた。彼の独特な灰白色の髪が、深緑の色に映えてとても美しかった。
いつものジャージとTシャツ姿に見慣れていた所為か、酷く違和感があったものの彼の一つ一つの動きが着物を着慣れた者がする所作だということに気付き、違和感は納得へと変わった。
女将と軽い挨拶をし、彼は人払いを頼んだ。それを笑って了承した女将は「ごゆっくり」と一礼し、俺と彼の時間が終わるまで誰一人として姿を現すことはなかった。
結論から言うに、彼は俺を通して別の誰かを重ねている。
別人だとわかりきっているはずなのに、俺の話し方や過去、動作、全ての行動に別の誰かと重なる部分を彼は探しているのだろう。奇跡的に重なる小さなソレを見つけては目を細めて嬉しそうに笑う。懐かしむように俺を見ては時折悲しそうに目を伏せる。
彼の茶番に付き合わされているんだと、早々に気付いてはいた。だけど不思議と怒る気にもなれなかった。逆に興味が沸いた。何故そこまでして俺と誰かを重ねたがるのか。その存在は彼にとってどういうものだったのか。
けれど、それを口にしようとは思わなかった。口にした途端、彼は二度と俺に近寄らない気がしたからだ。
まだ彼という異質な存在を無下に手放したくなかったのも事実。余計なことは言わないし聞かない。賢い彼のことだ。俺がそう思っていることを知りつつも、自分の欲望を満たすために俺へと歩み寄るのだろう。
いいぜ。どこまででも付き合ってやる。お互い利用し合おうじゃねぇか。
*****
そうして彼との接点をなくさせないための予防線の一つとして、先の俺の提案を申し出たはいいが、首を縦に振らない彼は一筋縄ではいかないようだ。
「確かにそういうのは知ってて損はないと思うが。でもそれはおれが手を出すべきことじゃない」
「どういうことだ?」
「おれにはおれの役割がある。お前にはお前の役割がある。おれはお前の役割を奪ってまで覚えるべきことじゃないと言ったんだ」
「そんな大層なことかよ」
「適材適所ってやつさ。その線を簡単に踏み越えようとは思わんさ」
「………」
「お前のことだ。おれになら教えてもいいと思ってくれたんだろう。それは素直に嬉しいことだし有難く教えをご教授されたいもんだ。だけどな、おれは大事にしたい。お前にしかできないこと、おれにしかできないことを。補い、支え合う。それが仲間の在り方だと思ってるからこそ、お前の領分を奪いたくないんだよ」
「仲間、ね」
「だからさ、死んでくれるなよ?おれには爆弾の解体なんて出来ないんだから。お前の代わりはいないんだ。おれもやっと、区別できるようになってきたんだからさ」
それを無駄にしてくれるな、と。彼は言った。
俺は咥えていた煙草を思わず落としてしまった。一本目を吸い終わり、二本目へと火をつけたばっかりだというのに。
彼の言わんとしてることがわかった気がした。区別ができるようになったと、彼は言った。それは俺が散々痛感していたことに対し、彼は自分の中で踏ん切りをつけ始めていたのだと知った。
「いつも悪いな…でも多分、もうすぐなんだ…」
その時は本当に近いのだろう。彼が俺を射抜く視線が、ちゃんと俺という存在を認めているような目だった。
重なっているようでずっと重ならないお互いの視線が、初めて交えたように思えた。
「その時になったら…またあの店で飲もう。今度はお前が本当に好きな酒を教えてくれ。そしたらおれの好きな酒もお前に教えてやるからさ」
小さく、けれど確かに開いた穴があった。それを開けたのは彼だ。そしてそれを閉じるのも彼だ。
もう僅かに閉じかけているその穴は、時が来たら完全に閉じるのだろう。ならば今は、僅かに開いた隙間からこぼれ出る空気を感じながらのんびり待とうじゃないか。
出会ってからそんなに月日は経ってないはずなのに、もう随分と待ったような気がしてならない。あまりにも遅いと今度は遠慮なんかしてやらない。いつまで待たせる気だ、と、無遠慮に近づいて強引にでも閉じさせてやる。
「あぁそうだ。さっきの話だが」
「ん?」
「解体のことはお前に任せるが、爆発物が存在するかどうかを見極めるために、匂いだけ提供してくれないか?」
「匂い?」
「この鼻で覚えてやるよ。あるのがわかれば、後はお前に任せればいいだけの話だからな」
そう言って笑った彼を見て、思い出した。
いつだったか萩原が言っていた。彼が有名な理由の一つに、犬をも凌ぐ嗅覚を持っていると。
「簡単に言ってくれるぜ。何種類あると思ってんだ」
「なに。それが百だろうが千だろうが覚え切れる自信があるのだから、何も問題ないだろう」
「その自信、どっからくるんだか…」
「遥か昔から培ってきた経験の賜物さ」
彼の言葉に含まれる年月の長さが、もっとずっと遠い場所を示しているような気がした。
同じ時代を生きているはずなのに、どこか浮世離れし、ここじゃない場所へ思いを馳せる彼に、何が何でも現実に繋ぎ止めておきたいと思った俺はおかしいのだろうか。
死んでくれるなと言った彼の言葉に嘘がないのなら、爆弾なんてものを使う悪い奴らの餌食になんかなってやるもんかと。この道を行くと決めた当時の覚悟を思い出して再び胸が熱くなった。
三本目の煙草を取り出して火をつける傍らで、屋上に吹く強い風が拾い忘れた二本目を吹き飛ばしていった。
この星に根をはる唯一の方法
back