うちの審神者はとにかく手触りの良いものが好きらしい。言葉にしてちゃんと聞いたわけではないが、視線や行動ですぐにわかる。
そもそも隠す気がないのか、それとも隠し通せているとでも思っているのか、手触りの良さそうなものを見ると見えなくなるまで視線を送っている。

審神者の部屋は他の刀剣たちの部屋と違って洋風な作りだった。障子で締め切られた戸ではなく、ドアノブというものがついた臙脂色の重たい扉であった。
一足部屋に入ると、ふわりと香が鼻をくすぐる。強すぎないその匂いは程よく心地良いものだった。

審神者が寝るベッドは、審神者のこだわりがぎっしりと詰まっていた。洋式の寝具には詳しくないが、聞いてもないのに熱く語っていたためなんとなくは覚えている。
フレームという外枠の上に乗っているマットレスというものが重要なのだと力説していた。体が沈みすぎず、かといって硬すぎず、程よい弾力と柔らかさを兼ねそろえたものを選んできたと、随分と興奮しながら話していた。
一人で寝るには充分すぎる広さがあるマットレスは、審神者曰くキングサイズと言うらしい。時々短刀たちが審神者と一緒に寝ているが、それでも両端が余るほど余裕がある大きさだ。
マットレスの上に敷かれた敷パッドというものも、この間触ってみたがなんともなめらかな触り心地だった。掛け布団の間にある毛布も、ふわふわですべすべの感触をしており、そんなものの間で寝ているからこそ、うちの審神者はなかなか起きないのか、と納得した。確かに起きたくない気持ちになるのもわかる気がする。

「一回寝てみる?」

そう告げられたとき、思わず「いいのか!?」と多少食い気味で返答してしまったのが少し恥ずかしい思い出だが、あの時ほどぐっすりと眠れた夜はない。自分の部屋にも同じものが欲しい、と言った俺に、審神者は「はぁ?」と眉を寄せ、女子らしからぬ表情を見せた。

「このフレームもこのマットレスも、枕も敷パッドも毛布も羽根布団も、わたしがこだわりぬいた一品たちなんだけど?これ一式揃えるのいくらしたと思ってんの?同じものが欲しい?主であるわたしと同じ境遇で寝ようってんの?片腹痛いわ」
「っつってもよぉ、政府が全部肩代わりしてくれるからってここぞとばかりに高いの選んでたじゃねーか。お前が自腹で払ったわけじゃねーの知ってんぞ」
「………、和泉守。望みはなに?」
「俺にもベッド寄越せ」

しばらく無言のにらみ合いが続き、最初に折れたのは審神者のほうだった。これで俺も自分のベッドが手に入る、と喜んだのも束の間、審神者はある条件を突き出してきた。

「タダで貰おうたってそうはいきませんからね。このベッドに見合う労力を対価とします」
「いやお前タダで貰ってんじゃん」
「おだまり!口答えする子には買いませんよ!!」
「…へーへー。すいませんでしたぁー」
「くぅ…クソ生意気な態度すぎてへし折りたいのは山々だけど、この魅力に取りつかれてしまったのならしょうがない。和泉守にはこれをあげよう」

そう言って渡されたのは三つ折りになった紙だった。一つの面が十五の升によって区切られており、それが三面すべてに描かれていた。

「なんだこれ?」
「それはスタンプカードです」
「すたんぷかーど?」
「そう。内番を真面目にこなすごとにわたしが判子と日付を一升に押していきます。それが三面全て埋まったら、ベッドを買い与える権利を授けましょう」
「はぁ!?三面全部!?しかも内番ってお前…」
「和泉守は内番に対して反抗的だし、すぐぶーたれて真面目にしませんからね。ベッドが欲しいなら行動で示しなさいな」
「………」
「嫌ならやめてもいいですよぉ〜?」
「はっ!いっちょやってやろうじゃねぇの!明日から毎日やっていけばスグ溜まるしなっ!」
「は?」

明日から毎日内番をこなしてすたんぷとやらを溜めていけば、約一か月半にはベッドが手に入るという算段だ。その期間さえ真面目に内番すればいいのだからチョロいもんだ、と鼻で笑った俺に対し、審神者はまたしても眉を寄せて顔をしかめた。

「何言ってんの?毎日内番なわけないじゃん」
「はぁ!?」
「いやいやいや、今までもそうじゃん。内番なんて馬と畑と炊事でしょ?二人いればそれぞれ充分に回せるんだし三日に一回くらいどれかの当番になるよう作ってるんだから当たり前じゃん。それに遠征とかも行ってもらわんとだし、そうすぐスタンプは溜まらないけど?」
「ふざけんな!それじゃあ全然溜まらねーじゃねぇか!」
「だから、嫌ならやめてもいいんだけど?」
「〜〜〜ッ!やって!!やるよ!!」
「そんなにベッド欲しいの?」
「欲しいっ!」
「あぁそう…じゃあ頑張って」
「ちくしょう!見てろよっ!すぐ溜めてやんだからなっ!」
「ちゃんと真面目にやるんだよ?一緒に内番してた子に真面目具合確認するからね」
「フン。後で吠え面かかせてやるよ」
「おま…仮にも主に向かってその態度…権利剥奪ものだな…」

呆れた顔をした審神者を置いて、足早に部屋を出て自室へと向かう。自分の部屋に見合うベッドを今から考えようと、意気揚々と歩き出したとき、向こうから蛍丸がやってくるのが見えた。
どうやら審神者の部屋へ行くようだ。この廊下を通るということは行く先は審神者の部屋しかないからな。

「和泉守じゃん。なんか嬉しそうだね。良い事でもあった?」
「いやなに。今さっき主と約束を交わしたんだ。内番さえ真面目にこなせば確実に手に入る代物なんだがなぁ〜」
「あぁ。もしかしてベッドのこと?っていうか和泉守、真面目に内番しないと買ってもらえないの?あ、もしかしてスタンプカード制だったりして」
「!?、なんで知ってるんだ!?」
「ははーん、なるほどねぇ。主も良く分かってるじゃん」
「何がだよ!」
「俺はもう持ってるよ。主と同じベッド」
「はぁ!?」
「俺の時の条件は隊長として出陣したときに誉を合計30個取ってくることだったなぁ。結構すぐ取れたけどね」
「そういえばやたら張り切ってた時期があったな…!それが原因か!俺だってその条件ならすぐ取ってやるのに!」
「ベッドいいよぉ〜!主と全く一緒ってわけじゃないけどそれなりに選ばせてくれたし快適な安眠が続いてるもんね」
「自慢かよ…」
「うん。自慢だよ。だから和泉守も頑張んなよ」
「言われなくてもそうさせていただきますぅー!」
「ま、主のベッドで主と一緒に寝る心地良さに比べたら劣るけどさ」

そう言って鼻歌混じりに審神者の部屋へ向かっていく蛍丸を見届け、自然に眉間に力が入っているのに気付く。俺だって、ベッドを貸してくれた晩にもしかしたら一緒に寝るのかもって期待をしないわけではなかったが、さっさと短刀の部屋へ行ってしまった背中に行くなとは言えなかった。
清光や安定のように愛されたいと思ってるわけじゃないが、俺だってそれなりに気にかけて欲しいし少しでも特別に思われる存在になりたい。それを言葉にすることが出来ないから、一生伝わらないことはわかっているが、言葉にできる奴らが羨ましいと感じるのは自業自得だ。

「主が自ら鍛刀して顕現させたってことが、この本丸で何よりも誇れることで特別だってこと、気付いてないのかな。馬鹿な和泉守。そのまま一生気付かないで死ねばいいのに」

そんな俺の感情の変化に気付いていた蛍丸が審神者の部屋へ入ったあとに溢した言葉を、俺も審神者も知ることはない。

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