持ち帰った刀を差しだしたとき、僅かに顔を歪ませたのを俺は見逃さなかった。明らかにいつもと違うことを雰囲気で悟ったようだ。そこは腐っても審神者であるが故なのかもしれない。
しばらく無言で受け取った刀を見ていたが、やがて観念したように溜息をはいた。隣に立つ和泉守がむくれ面をしたまま審神者を見ているのを横目に収めながら、俺も誰にも聞こえない程度の溜息をついて下を向いた。

「山姥切」

一言、静かに放たれた自身の名に、布で隠れた視界を審神者へと移した。

「来て」

俺と目が合うなりそう言ってくるりと踵を返した審神者の後を追うべく、俺はそこで部隊から離脱した。きっと自身の部屋で顕現させるのだろう。
戦闘後に出てきたあのドロップ刀を手にした時から本丸に帰るまでの道すがら、依然として重かった足取りはここに来て更に重さを増した。
誰が何を言わずともそれぞれが部隊から解散していく中、和泉守だけが睨むようにこちらへ視線を寄越していたことに審神者だけが気付かなかった。

*****

「気が重い…」

自室につくなりそう言って、刀を持ったままベッドへと倒れ込んだ審神者に対し俺は何も言わずに隣に立つ。
カチャリ、と音を鳴らして宙へ掲げられた刀は、顕現される前であるにも関わらず大層美しかった。ざわつく胸の内に居心地の悪さを感じながら視線だけを審神者へとやる。

「きっとさ…もっといい場所があったと思うんだよね。ここじゃないどこか。そのほうが幸せだと思うんだよね」
「………」
「はぁ…」
「………」
「山姥切。ここは”お前はダメな審神者だ”と叱ってくれないと」
「………」
「って、それは和泉守の役目か」

言葉を返さない俺を怒ることもせず、審神者は審神者で足踏みをしている。今ならまだ、引き返すこともできる。命令とあればここでその刀をへし折ることだって可能だ。だけどそれをしないのは、それを命令しないのは、審神者の意思を尊重したい俺と俺に嫌な役回りをさせたくない審神者がいるからだ。
お互いの呼吸音のみが響き渡る。静まり返った室内に溶け込むかのように「明日にしようかな」と呟いた審神者の声に俺はようやく言葉を返す。

「先延ばしにしたところで何も変わらない。顕現してみないとその先のことも考えられない」
「それはごもっとも」
「どんな奴が来たとして、どんな決断を下すとして、あんたが俺たちの主であることも変わりはしない」
「それもそう」
「たとえ失敗したとして、誰もあんたを責めたりはしない。そんな連中ここには一人もいない。むしろ…」

いや、これは今ここで言うべきことではない。

「…好きにやればいい。咎めたりしない。」
「………それは…もしかして…、励ましてくれて、る?」
「そう捉えたければそう思えばいい」
「ははっ!素直じゃないなぁ。まっ、わたしもだけど」

そう言って上体を起こした審神者は覚悟を決めたように前を向き立ち上がった。
鼓舞してどうする、と自分のちぐはぐな感情を恨むが時すでに遅し。審神者は部屋の中央に置かれている刀掛けのほうへ行き、持っていた刀をそっと置いた。正面に立ち審神者が両手をかざして霊力を込め始めると、どこからともなくそよ風のようなものが審神者の周囲を取り巻き、着ている服の裾をふわりと遊ばせた。
小さな光の粒が刀から滲み出るようにして人型を作っていき、薄い黄緑色をした審神者の霊力が光の粒と混ざり合って形を整えていく。そうしてできた人型の中心が眩しいほどの輝きを放ち、その中からバチバチと反発し合う音が聞こえる。

一つの命が生まれる瞬間だった。幾度となく見ている光景であったとしても、言葉で表すことのできない美しさに慣れることはない。この本丸内で俺だけが立ち会うことを許されている儀式。審神者が俺を初期刀として顕現させた時から与えられた特権のようなものではあるが、今となってはこの定位置を手放す気など毛頭ない。誰かに譲る気も託す気もない。成功も失敗も、審神者と共に背負うのが俺の役目でもあるのだから。

パキン、と薄い陶器が割れるような音がして前を向くと、桜吹雪の中から真っ白な存在が視界に飛び込んできた。

「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」

ヒュッ、と小さく、審神者が息をのむ音が聞こえた。今審神者が考えていることが手に取るようにしてわかる。「最悪だ」と思っているに違いない。その証拠に、ギギギ、と音が鳴りそうな動きで、俺のほうへと振り返り顔を引きつらせたのだから。

「ん?俺を見て驚かないのか?」

首を傾げた鶴丸に、はっとなって向き直った審神者は、あーとかうーなどと歯切れの悪い声をあげ「よろしく、お願いします…」と気まずそうに頭を下げた。それを怪訝な顔で見ていた鶴丸が口を閉ざしたのを見て、何も問題が起きなければいいが、とこちらの気まずい胸の内を悟られないよう視界を布で隠した。

「山姥切」
「なんだ」
「今のでいくつ?」
「十三だ」
「………、そう」

たったそれだけの会話で審神者が何を言いたいのかわかってしまうあたり、俺もこの審神者の考えに毒されているのだと思う。それをあからさまに言葉にするのは顕現したばかりの鶴丸に悪いと思い、審神者が余計なことを言う前に頭に描いた要件のみを伝えることにした。

「明日以降、第一部隊が大阪冬の陣エリアを片づけてくる。あんたは刀装の補給と隊員を決めておいてくれ。俺は他の者にこれからのことと、鶴丸のことを伝えてくる」
「…お願いします」
「?、俺は一緒に行かなくていいのか?」
「お前は…「鶴丸国永はここで私とお話しがあるので、みんなへの紹介はその後、です」
「話?」

困惑した表情で審神者を見る鶴丸の視線に耐え切れず、逃げるように俺へと視線を寄越す審神者だが生憎それを助けてやる術を持ち合わせてはいない。

「………ちゃんと話せよ」
「ぅぐ…」

恨めし気に俺を見つめる審神者と訝しげな視線を送ってくる鶴丸から逃げるように早々に部屋を後にした。審神者の逃げ癖は許さないくせに自分はこうやって逃げるところ、後でしこたま文句を言われるに違いない。
一人になってようやく思いっきり大きく息を吸って吐き出した。

顕現されたのは新しい刀剣だった。それも手に入れるのが難しいとされていた鶴丸国永がドロップ刀としてこの本丸へやってきたのだ。審神者が望まぬ形として手に入ったけれど、手に入ったからにはちゃんと面倒を見る人間だと知っている。だからこそ、新しく手に入れた刀剣には最初に言わねばならぬことがあった。

ここの審神者は鍛刀をしない。それはこの本丸にいる者であれば誰もが知っている事実である。しかし初期刀である俺と二振り目の和泉守兼定、三振り目の小狐丸だけは審神者が唯一己の霊力のみで作り上げた刀剣なのだ。それもまた、この本丸で知らない者はいない。
鍛刀をしない、と言い切るには語弊があるが、それはまた別の機会に話すとして。つまりこの三振り以外の者は全てドロップ刀として持ち帰ったものであり、顕現できた者たちには誰一人例外なく真意を伝える時間が設けられている。
俺たち三振りは審神者の真意に賛同し、この決まりを守ってきたのだ。ある種歪みのある、呪いと呼ぶには純粋で優しい、祈りと呼ぶには自己にまみれた俗物のような、そんな真意だ。

今この本丸にいる刀剣の数は、鶴丸を入れて十三となった。一部隊に六人が配属される中、うまい具合に実戦と遠征を繰り返していたところに一振り増えたのだ。ということは、第三部隊を作らなければいけなくなった。第三部隊を作るためには大阪冬の陣を突破しなくてはならないのだ。

顕現前に審神者が言っていた「気が重い」という言葉、今になってじわじわと効いてきた気がする。新しい仲間が増えることは本来喜ばしいことのはずだ。それが鶴丸国永という刀剣ならば尚の事。けれどこうなることを危惧してなのか、あの時の和泉守の態度、刀を受け取ったときの審神者の表情の変化は正しかったのだと思った。

どうかこれ以上、審神者の狭い腕の中が溢れてしまわないように、と願わずにはいられない。それがあまりにも悲観的すぎる内容に、自分のことを写しだと卑下する以上に気が滅入ると感じてしまった。


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