自分の自主練に付き合ってもらう合間に俺はいつも決まって同じことを彼に告げる。それに対して彼はいつも困ったように笑うと、もう少し待って、と返してくるのだ。
もう何十回と繰り返されているこのやり取りにようやく終止符が打たれたのは、俺が烏野高校に行くことが決まった後だった。

いつものようにレシーブ練をしているときだった。俺のほうへ美しい放物線を描きながら返ってくるボールを見上げながら「なぁ」と言った言葉の続きを、彼は安易に想像できただろう。

「名前も一緒にバレーしようぜ。こんな良い腕もってるのに、やらないなんてやっぱり勿体ないって」

そう言ってトスで返したボールはふわっと彼の頭上へと落ちていく。それをぼんやり見届けていると、急に彼がジャンプをして思いっきりスパイクをかましてきた。
咄嗟のことに反応が遅れたけれど、なんとかレシーブで受け止めたそれは彼のほうには返らなかった。てんてんてん、と横へ逸れていくボールに「お前なぁ」と呆れを含んだ声で文句を言うために続けようとした言葉は彼によって遮られて声になることはなかった。

「いいよ」

酷く優しさを含んだ声色で、短く、けれど確かに彼はそう言った。いいよ、と。
それは何に対しての返事なのか。理解する脳がフリーズしてしまって、追うはずだったボールが随分と遠くへ転がって止まっていた。

「は!?え!?」
「随分待たせたけど、やっと良い返事ができる」
「え!えっ!?名前…それって…!え!?」
「なんだよ。大地が誘ったんだろ?バレーやろうって」
「え、でも、お前いつも…いつも待ってしか言わねぇじゃん!」
「うん。今まではそうだった。でもそれももう終わり。もう待たなくていいんだ、大地」

この一言を、どれほど待ちわびていたことか。
心の底から言葉にできない感情がぐわぁっと押し寄せる。

「嘘、じゃ…ないよな?」
「うん。嘘じゃない」
「ほんとか!?」
「ほんとう」
「ッッッ!おッッッ!しゃぁぁぁああ!!」
「ちょ、大地それすげぇご近所迷惑!」
「知るか!すっげぇ嬉しい!!烏野受かったときより嬉しい!!」
「まじか。そんなに?」

ずっと振られっぱなしだった俺の誘いに、ようやく彼が首を縦にふった。諦めなくてよかった。しつこく誘い続けてよかった。これでやっと!彼とバレーができる!

そう意気込んで嬉しくなったものの、ふと今の状況を振り返ってん?と首をかしげる。

「一緒にやるって言っても…俺は烏野で、お前はまだ中三だよな…?どうやってやるんだ?」
「ハハハッ!大地ってたまにすげぇバカ!」
「なんだと?」
「まずさ、おれの話…聞いてくんね?」

いつの間に転がっていったボールを取りにいったのか、彼の手には俺たちのバレーボールがあった。それをくるくると両手で回しながら、彼が俺との距離を縮めてくる。

「おれさ、今バスケ部じゃん?」
「ん?うん」
「一応さ、今やってることを中途半端に投げ出したくないわけ。だからどこまでいけるかわかんねーけどとりあえずの予定として全中オールスターの全国大会まで視野に入れてんだ」
「お、おう…よくわかんねーけど凄そうだな」
「だから今以上にこうやって大地とレシーブ錬する回数も確実に減る。でも、大地とバレーする約束を守りたいからおれも高校は烏野を受ける」
「!」
「一緒にするのはおれが受かってからになるけどさ、後もう少しの辛抱だから。待っててくれるか?」
「そんなの…、当たり前だろ!待つに決まってる!」
「うん。ありがとう」
「何言ってんだ。それはこっちの台詞だっての」

昔から彼は先のことを見据えて動く。数年後の自分のビジョンを持って行動している。簡単にやってのけてはいるが、それがどれだけ難しいことかを知っている俺は彼のその生き方を口にはしないが尊敬していた。
一つ下とは思えないほどの思考と行動は誰が見ても異質だった。けれどその異質は決して悪い意味ではなかった。

「それにしても大地って諦め悪いよなぁ。こんだけ断られて全然めげねーの。頑固なこって」
「だって名前の口からやらないとは聞いてないからな。待ってって言われただけだし」
「だからって素直に待っちゃうところが健気でくそかわ…」
「はぁ?」
「ま、烏野に大地がいるって思うだけで絶対受かんなきゃって思うわ」
「頼むから落ちてくれるなよ?」
「ハァー?おれってば賢いから大丈夫ですぅー!」
「…イラッてくるけど事実だしな。イラッてくるけど」
「二回言うなよ!」

泣き真似する彼を横目に、俺は自分の手が少し震えてることに気付いた。紛れもなく歓喜からくるものだった。
『落ちた強豪』『飛べない烏』なんて言われている今の烏野だけれど、彼が入ってきてくれるのならばその汚名すらも書き換えられる気がした。なんて、少し大袈裟かもしれないが。
今の烏野がどういうチームかはまだわからないが、彼の戦力は間違いなく必要になってくる。それだけのポテンシャルがあることを俺は知っている。

たかが一年、されど一年。短いようで長いカウントダウンが動き始めた。

「お互いまずは目の前の一年間を悔いなく過ごそうな」
「あぁ!」

まだ見ぬさらなる一年後を夢見て、顔がニヤけそうになるのをぐっとこらえた。
散々待ったんだ。時間との忍耐勝負なら負ける気がしない。

君との未来をあきらめきれない

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