宮城と東京って近いようで案外遠い。その距離を埋めるためにやってるわけじゃないけれど、烏野と練習試合をしてからというものの名前と電話で話すことが多くなった。
高すぎず低すぎず、うるさすぎず。丁度いい音程で喋る名前の声はとても聞き取りやすい。
バレーのことだけじゃなくて、どうでもいいことをグダグダと話してる割につまらないって思ったことはないし、むしろちょっと楽しかったりもする。たまに会話が途切れたりもするけれど、別に無言も苦しくない。
クロみたいにずっと一緒にいたわけじゃないのに、会って間もない人と居心地がいい関係が作れていることに自分でもちょっと驚きだ。きっとそういうふうに名前がしてくれているんだろうけど。

「そういえばさ、最近クロがおかしいんだけど」
『黒尾?えーなになに?』
「やたら体重を気にするようになった。部活始まる前と終わった後で体重計乗ってるし、お昼とか帰りも間食減ったし」
『ぶはっ!まじか!女子かよ!なに?ダイエット?ウケる!』
「ウケるって…名前が原因だけどね」
『え?おれ?なんで?』
「え。覚えてないの?逆にびっくりなんだけど…」
『なんかしたっけ?』

本気でわからないと言う名前の声を電話口で聞きながら、この間の練習試合のことをぼんやりと思い出していた。

*****

新幹線の時間もあるのに何試合もしたから残り時間が少なく、全員で急ぎ足で体育館の片づけをしているときだった。
クロがある一点をじっと見つめていたから、不思議に思って同じようにそこへ視線を向けると、死んだように倒れている人影が一つあった。
烏野のユニフォームを着ているその人を、チームの人たちは一切気にもとめないで片づけを続けていた。明るい茶色の髪をハーフアップにし、右に2つピアスをつけているのを見て1年生がヤンキーだ!と騒いでいた気がする。
試合の合間の休憩でちょくちょく話すようになった彼は見た目に反し、接し方は丁寧だった。初対面と感じさせないけれど、失礼すぎない適度なフランクさが妙に好印象だったし、何より話すのが得意じゃない俺の反応ですら嫌な顔一つせずにさらっと流してくれたのを覚えている。

よっぽど疲れたんだろう、と思っていると、クロがニヤニヤしながら近付き無防備なその背中にまたがって座りだした。その瞬間カエルが潰れたような声で唸った名前の声が聞こえたと思ったら、クロが背中に乗ったままちょっかいを出し始めた。

「烏野のオールラウンダーくんじゃん。なに?お疲れ?もっと体力つけなよー」
「ぐぅ…てんめぇ…!人の背中に乗ってんじゃねぇよ!体力なら人並み程度にありますぅー!」
「へぇ?でも振りほどく力も残ってなさそうじゃん。弱いね〜!ププッ!」
「はぁ?なにお前、その心底腹立つ感じどこで身につけてくんの?やっぱ東京は違うね〜都会で荒んだ心を養ってきたわけだ?いや〜クソガキムーブお疲れ様です〜」
「あんだと?」
「チッ、いいからそこどけよデブ」
「は!?デブ!?この俺に向かってデブっつった!?」
「お前なんかデブ猫で充分」
「ふざけんな!撤回しろ!」
「その前に早くどけよ!このハゲ!」
「ほ〜ぅ、デブの次はハゲか。これはあれだな?ケンカ売ってんな?」
「へ〜デブ猫のくせに日本語理解できたんですか〜?すげ〜!まじ尊敬します〜!なかなかどいてくださらないんで小さい脳みそでは理解できてないんだと思いました〜!」

どんどんヒートアップしていく言い合いに終止符を打ったのは烏野の主将と夜久さんだった。

「いい加減にしないか名前!そこで喧嘩してどうする!あとさっさと片づけに参加しろ!」
「黒尾も何やってんだ!主将のクセに一人遊んでんじゃねぇ!」
「だって大地!こいつが!」
「いやでもこいつマジで腹立つ!」
「名前?だってじゃないだろう?ん?」
「………スイマセンデシタ」
「ぐだぐだ言ってねぇで支度しろ?ん?時間ねぇって言ってんだろ?あ?」
「………ソウシマス」

その後二人も混じって掃除は再開されたが何かにつけて言い合いが尽きず、とうとう俺を巻き込んでまで続いてしまった。烏野の主将さんは呆れた視線を送ってくるだけだった。いや助けてほしかったけどね。
その延長線上でいつの間にか俺は名前と連絡先を交換していた気がする。クロはしてなかったけど、ちょっとしたそうにしていたから笑いそうになった。あの流れで何故交換したいって気持ちが芽生えるのか意味不明だけど。
東京に帰ってからはクロに名前の連絡先を教えろって言われ続けるし、名前からは絶対教えるなって頼まれるし。何日か経ってから名前からごめんな、って電話がかかってきて、それからこうしてちょくちょく電話するようになった。

『研磨?』
「あ、ごめん。ちょっと意識飛んでた」
『よいよい。んで?黒尾の奇行がなんでおれのせい?』
「名前がクロにデブって言ったからじゃん。それからめちゃくちゃ気にしてるんだけど」
『おれデブなんて言ったっけ?』
「デブ猫って言ってた。あとハゲも」
『おれ口悪すぎない?あ〜でも言ったかも…なんとなくしか覚えてないわ』
「っていうかいまだに連絡先教えろって言ってくるんだけどもう教えていい?相手するのめんどい」
『そうだなぁ、研磨に迷惑かかっちゃうのはおれもヤだからなぁ。いいよ。そろそろ潮時だろうしね〜』
「もう充分迷惑被ったんだけど…」
『めんごめんご。今度一緒にクエスト行ってやるからそれでチャラな』
「えー…まぁそれでいいけどぉー…名前なんでそこってとこで死ぬからなぁー…」
『うるせぇよ!そこは研磨様のテクでカバーしてくださいよ!』
「無理。助けてるヒマあったら素材とるし」
『辛辣…。しかしなぁ〜あの黒尾がねぇ〜!いやぁ〜随分可愛いところあんじゃん!』
「は?クロのどこが可愛いの?」
『あんな冗談真に受けて気にしてるとか!クソガキかと思ってたけどその話聞いてちょっと好感度上がったわ』
「それだけで?名前って変」
『ま、教えるタイミングは研磨に任せるわ』
「………」
『研磨?』
「ん、わかった」

名前はもうクロに教えてもいいと言った。
元々教えない理由はなくて、ただ俺から聞くクロの反応を楽しんでいただけなんだ。でも俺がめんどくさいって言ったから、名前はおちょくるのはもう終わりにしたんだと思う。ちょっと、いや、かなり、失言だと思った。
これでクロに名前の連絡先を教えると、クロは直接名前に絡むだろうし、名前も名前で悪態つきながらもクロと関わることを拒まないだろうし。そうなったら今まで俺と名前を繋いでいた関係性がプツリと切れてしまうような気がした。
電話の回数もきっと減る。その分名前はクロと話す。いつも俺が名前の話をクロにしていたけれど、これからはクロのほうからも名前の話を聞くことになる。

なんだかそうなってしまうことが酷く不愉快に感じてしまった。なんか、やだな…それ。

『なー研磨ー』
「なに」
『おれこうやって電話でずっと話していられんのって研磨くらいだと思うわ』
「は?なに?いきなり…」
『なんかさ、研磨ってラクなんだよなぁ。長時間話してても疲れないっつーか、むしろ気ィ抜きすぎて眠くなる』
「名前寝落ち多いもんね」
『まじ子守唄』
「やめてよ」
『ははっ、だからさ、変な気遣いはいらねーから電話かけたら取ってくれよ?じゃなきゃおれ泣くから』
「え?」
『黒尾と絡んだからって研磨との交流が減るわけじゃねーからな。っつか今以上に増える気がするのはおれの気の所為?』
「名前って…エスパー?」
『え?なに?おれ心読んじゃった?ドンピシャった?』
「割と…」
『やべぇおれメンタリストなれっかも』

電話口から聞こえる向こうの生活音に耳を澄ましながら、名前も音駒だったらよかったのにって思った。名前が音駒だったら休み時間や部活、帰り道でも飽きるほど話ができたのに。俺やクロだけじゃない。名前なら他のメンバーとの交流も学校生活もうまくこなして友達の数も多くてたくさんの人に囲まれて…いや、そうなったらなったで今より嫌な気持ちになることが多いかもしれないからやっぱり音駒じゃなくていいかもしれない。
俺たちはやっぱりこの距離が一番良いんだと思う。

「名前って確かバイクの免許持ってたよね?」
『ん?おう。持ってるぜ』
「今度そっちが休みのとき遊びに来なよ。泊めてあげるから」
『え!マジで!?行く行く!ついでに音駒の練習に混ぜてもらう!大地と繋心に言ったらオッケーくれるかなー?』
「え。練習来るの?」
『当たり前じゃん!ただ遊びに行くだけなんて勿体ないだろ!』
「真面目」
『おれはもともと真面目ちゃんですが?』
「は?それ本気?イタすぎ」
『研磨のマジレスってほんと殺傷力高ぁ〜』

自分で誘っといてなんだけど、名前がこちらに来ることが今から楽しみでしょうがない。絶対黒尾には言ってやんねー!と一人悪戯っ子のように笑う名前に、その件に関しては俺も大いに賛同しようと思う。
クロが無理矢理入りこんだって、俺と名前の絶妙な関係が崩れることはないと今のところ確信している。ほんのちょっと、不安だけどね。

あなたなら隣にいるのを許します

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