おれと西谷が同じクラスということもあってか、昼ご飯を食べたあとは田中が遊びにくることが多い。
二人の話声をBGMにしながら寝るときもあれば一緒に会話を弾ませるときもある。今日は後者として参加しながらも少しの眠さを欠伸をすることで外に逃がしていた。
「潔子さん以上に美しいものがこの世に存在すると思うか?否!」
「潔子さんこそが最高で最上である!」
「はいはい。潔子さんばんざーい」
「名前!そんな腑抜けた声で潔子さんの名を呼ぶなっ!」
「そうだ!もっと敬意を払って心からばんざいと言え!」
「なんなのお前ら。昨日もこの会話したが?」
この二人も騒がしいのとコレさえなきゃ男前なのに、なんて口には出さずに勝手に残念がる。
等間隔にやってくる欠伸を隠さず披露し、ぼんやりと二人の潔子談義を聞き流していると、ふいに後ろのほうから自分の名前が呼ばれた気がした。
さっきまで会話に花を咲かせていた二人がピタと話すのをやめておれの背後をガン見している。不思議に思いながら振り返ると、なんかどこかで見たことあるようなないような女子が妙に顔を赤くしながら立っていた。
ちょろちょろと視線を泳がせながらちらりとおれを見やると、か細い声で「名字くん」と今度は確かに呼ばれた。田中と西谷の息をのむ音が聞こえたような気がした。
おれはその女子に見覚えがあった。それはつい先日の休みに電車で出かけたときのことだった。
混み始めた電車内でおかしな動きをする男と顔が強張って今にも泣きそうな顔をしてる女の子がいた。
その二人の様子をバレないように見ていると、あろうことか男が女の子に痴漢行為をしていたのだ。その瞬間カッとなって電車内で男を取り押さえ、駅員と警察につき渡したことがあったのだ。
その時に被害にあった子に似ている気がしなくもないが…。まさか同じ学校だったとか驚きである。世間せま。普通にこわ。
「あの、この間は本当にありがとう。名字くん、覚えてないかもしれないけど…私、駅で…その「ちょっと待って。あっちで話そ」
そういって話を一旦中断させて教室の外を指さすおれに、その子は少しホッとしたように肩の力を抜いた。ちょっと行ってくる、と田中と西谷に声をかけると、二人は挙動不審になりながら返事をする。
一度クラス内で注目を集めたからか、廊下に出たところでクラスの奴らの好奇な視線がなくなるはずもなく。それでも内容が内容だけにあの場で話し続けるよりかはいいと判断したおれを褒めてほしいところだ。
「まさか同じ学校とは思わんかった」
「やっぱり名字くんは気付いてなかったよね」
「ご、ごめん」
「ううん。いいの。1年も2年もクラス違ったから」
「もしかして進学クラス?」
「うん」
「それにしてもあの時は災難だったな。あの後大丈夫だった?何事もなく家に帰れたのか?」
「うん、おかげさまで。名字くんが電話で事情を話してくれたからちゃんとお母さんが迎えに来てくれたし」
「良かった〜。おれが最後まで一緒にいれたらよかったんだけど結局婦警さんにお任せしちゃったから気になってたんだよなぁ」
「全然気にしないで!むしろ用事あったのにこっちこそごめんね。あそこまでしてくれただけで充分だったよ」
「ならいいんだけどさ…。大丈夫?トラウマになってたりしねぇ?」
「うーん…。トラウマってほどじゃないけどやっぱりまだ少し怖いから極力乗らないようにしてる」
「そっかぁ…。まぁしばらくはそのほうがいいかもな」
「そ!それでね!あの、これ…お母さんが!お母さんがね!渡しなさいってうるさくって…!」
一人の女の子の人生になんて傷を残してくれてんだあの野郎、と痴漢した奴に殺意が芽生えたときだったが、そんなおれの怒りを打ち消すようにその子が持っていた包みを差し出してきた。
可愛らしくラッピングされた袋の中身は見えないが恐らく食べ物系の予感がした。
「え!なになに?食いもん?」
「うん。スイートポテトなんだけど。名字くん平気?」
「マジ!スイートポテト!平気平気!おれ芋系ちょー好き!え?なに?もらっていいの?食っていいの!?」
「うん。お母さんが!」
「お母さんめっちゃおれに渡したいのな。でもラッキー。部活の前って腹減るからさー!ありがたく頂戴する!」
「喜んでもらえたようで良かったぁ」
そう言って嬉しそうにはにかんだその子の周りにはパッと花が咲いたようだった。
怖い思いはしたかもしれないが、今この子がこんな風に笑ってくれていることにおれの心も少し救われたような気がした。
「笑顔が見れてよかった。ありがとう西本さん。これ、大事に食うからお母さんにもお礼言っといて」
「っ…!うん!」
その子の笑顔が嬉しくておれも釣られて笑うと、その子は時が止まったかのように息を止めてキラキラした目でおれを見ていた。
あ、やばい。やっちまったかもしんない。いやいやでもこれはしょうがないっしょ。不可抗力だべや?
「あ!じゃ、じゃあ…私、もう行くね!」
その場にいることが恥ずかしくなったのか、そそくさと自分の教室へ帰っていくあの子の背中を見届けたあと、おれもようやく自分の教室へと戻る。
クラス中からの生暖か〜い視線を一身に受け、なんだか居心地が悪い。席へ戻ると田中と西谷のニヤニヤした顔が出迎えていた。ほんとこの手の話題好きだよなぁみんな。
「おモテなこって」
「恐縮ですぅー」
「腹立つ!」
「女子からの手作り羨ましい!」
「これは絶対二人にはやらんから」
ヤンキーのくせに!と悔しがられたが断じておれはヤンキーではない。見た目がそうさせているからしょうがないかもしれないが、中身は35過ぎのおっさんから成長していないのだ。と、こいつらに言っても意味がないんだが。
高校生同士の惚れた腫れたの話題なんかじゃおれの枯れた心が潤うはずもなく。あの女子生徒に対しても娘を痴漢から守る父親のような気持ちが先行してとった行動だったとは死んでも言えない。
そうとも知らずに相も変わらずおれの席で騒ぎ散らした二人は、部室でも部活中でもネタにしてきたのでさすがのおれも流しきれなくて鉄槌をくらわせた。
なのになぜかおれも含めて大地と繋心に怒られたのだけはマジで解せぬ。
いつだって容赦のない青
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