青城との練習試合が終わって数日が経ったある日、ようやく烏野の守護神が帰ってきた。既に日向と影山とは顔を合わせ終わっているのか、体育館の外にまで騒がしい声が聞こえていた。
その声に反応して隣を歩いていた田中が嬉しそうに駆け出す。この騒がしさに懐かしい気持ちになりながら体育館を目指す足取りが心なしか軽くなった。

「西谷が戻ってくるってことはアイツもだなぁ」

半歩後ろで大地がこぼした言葉のアイツが誰のことを言っているのかすぐにわかった。学校の中で会うことや名前を聞くことはよくあれど、部活として顔を合わせることがなかったこの一ヶ月。
西谷と同じ罰を受ける必要がなかったにも関わらず、そうすることでバレー部の存続をはかった彼の行動に俺たちは本当に感謝しきれない。

「大地さー寂しかったんじゃないの?」
「はぁ?」
「いっつも一緒にいたじゃん。一ヶ月も部活に来ないなんて今までなかったわけだしさ」
「いやいや、家でしょっちゅう顔合わせてるから」
「まー隣同士だもんねぇ」
「っていうか帰ったらだいたい部屋にいる」
「それはおかしい!」
「んで一緒に飯くってロードワークに行くまでがセット」
「距離感バグってるって」

大地の幼馴染である彼の顔を思い出しながら体育館へと顔を出す。田中が混じったことでもうすでに騒がしい体育館内に俺も早く混じりたい一心で近づいた。

「そういえばノヤっさん。名字は?一緒に来なかったのか?」
「「名字?」」

さっき俺たちが話していた人物の名前が田中の口から出た。それを聞いて日向と影山が揃って首を傾げる。

「あー、途中まで一緒に来てたんだけど先生に捕まって職員室に連れてかれた」
「あー…なるほど…」
「それは仕方ない」
「またか…」
「え?え?どういう意味ですか?」

西谷の言葉に呆れた表情をする周りに、経緯を知らない一年生たちがハテナを飛ばしまくる。

「なにかしでかしたんですか?」
「って普通なら思うだろ?あいつの場合逆でなぁ」
「?」
「しでかしたのは先生のほうだから」
「??」

田中の説明じゃ何も理解できないだろうから、俺がわかるように詳しく説明する。
こればっかりは説明なしに理解できやしないだろうし。まぁ説明されたからって理解できることでもないけれど。

「アイツはなぁ、この学校で一番って言ってもいいくらい先生達にめちゃくちゃ必要とされてる生徒でさ。パソコンが壊れたり繋がらなかったり、電気系統が故障したり、コピー機が不具合で動かなくなったり。とにかくそういった困ったことを解決してくれる存在としてかーなーりー重宝されてんだ」
「お前らも聞いたことあると思うぜ?しょっちゅう校内放送で呼び出されてっから。"2年3組の名字名前くん、至急職員室までお願いします"ってな」
「あ!その名前!聞いたことあります!」
「この間5回くらい呼ばれてましたよね?なんか呼ばれすぎて記憶にあります」
「呼び出されすぎてアイツのケー番学校と教師の電話帳に登録されてっからな!」
「何それすごっ!?」
「そんな凄い人がバレー部にいるんスか!?」

話だけ聞けば誰もがすげぇって思うだろうけど本人は全然そんなふうに思ってないってのが温度差があって面白い。
できることをしてるだけ、といつも言うけれど、学生でありながらその知識を持っていてそれを活かすことができるってのは安易じゃない。一体その知識をどこで覚えてきたのかは知らないけれど。

「はいはい!それじゃあ名前のことはほっといて部活始めるぞー!」

そう言って大地が手を叩き部員に集合をかけたとき「なにそれ酷い!」と反発の声が体育館に響いた。
振り向いた先にいたのはシューズを履きながら慌てて近づいてくる彼。その姿を目にし、田中が嬉しそうに駆け寄った。

「名字ーーーッ!」
「うわ!きめぇ!」

抱き付こうとする田中を華麗に避けて、大地を盾にするように背中へこそこそと回り込む彼に俺は苦笑いをこぼす。
大地の肩越しに田中の反応を窺う彼の頭に、振り返った大地の見事な手刀が振り下ろされた。

「ぶへっ!?」
「遅い!」
「いった〜!?なんで!?」
「待ちくたびれたぞ」
「そりゃちょっと遅れたけどそれは先生が!」
「そうじゃない」
「え…。っあ!うん。そっか…そうだよな…」

涙目になって頭を押さえる彼を真剣なまなざしで見下ろす大地に彼ははっとしたように姿勢を正しバッと勢いよく頭をさげて「遅くなってごめん!」と謝った。
また勢いよく姿勢を戻し大地と目線を合わせるとニカッと笑った。その表情はいつも見ている姿より珍しく年相応のものだった。なるほど。大地にはああいう顔もする、と。

「遅くなったけどこうして西谷と戻ってこれて本当に良かったって思ってるから自分のした行動に悔いはない。それにほら、新しい部員だって入ってきてくれたんだろ?まだ終わりじゃない。”これから”なんだろ?」

そう言って影山と日向に振り向き笑った彼に、二人は自然と背筋を正していた。
見た目がヤンキーっぽいこともあってか日向はちょっと萎縮していたが、そのイメージを払拭するほど彼の対応は朗らかなものだった。

「2年の名字名前です。見た目こんなだけど後輩には優しいほうだからよろしくな」
「影山です。よろしくお願いします」
「ひ、日向翔陽ですっ!お願いしアス!」
「なんか対極な二人だな〜!」
「名字さんのポジションはどこなんですか」
「んー決まってない!」
「決まってない?」
「よく言えばオールマイティ。悪く言えば全部中途半端」
「それは悪く言いすぎだバカ」
「そうだそうだ。そんなことないだろー!」
「主将と副主将にそう言われるとなんか照れますなぁ〜」

いやでも本当のことしか言ってない。オールラウンダーの彼がいることでかなり安定して部内でも練習ができているのだからそこは本当に自信を持っていい。

「どこかに特化しようとは思わないんですか」

影山の一言に、彼の空気がスッと冷えた気がした。
顔は笑っているのに目が笑っていない。何かを察して田中と西谷がそそくさと離れていき、影山と日向の表情があからさまに強張る。かくいう俺も一瞬で居心地の悪さを感じ、大地の眉間にも少し力が入る。

「んー…じゃあ例えばセッターとか?」
「ッ!」
「なに?困る?」
「いえッ!もし名字さんがセッターになっても俺は負けません!」
「ふぅん?」
「…名前。そのへんにしとけ」
「え?おれ相槌うっただけだけど?」
「影山も。なんでもかんでもつっかかるんじゃない。あと相手は選んだほうがいい」
「………ウス。すみませんでした」

大地に言われて謝る影山をじっと見ていた彼を隣にいた大地が”お前もだ”というように肘で腹パンをする。
そんな大地の促しに彼は少し不貞腐れたように大地を見返した。

「影山」
「はい」
「おれ、闘争心あるやつはすげぇ好きだから影山のこと嫌いじゃないよ」
「えっ」
「でもあんまり本気でぶつかってこられるとおれもどっちかっていうと血の気が多いほうだから火がついちゃうわけ」
「はあ…」
「だから、後輩だろうがなんだろうが本気で潰しにかかると思うんよ。多分、影山が思ってるよりも倍でお返しする」
「え」
「でもチームメイトだからギスギスしたくないじゃん?それに可愛い後輩のことは大切に育てたいんよ。まぁ〜〜〜影山がどぉ〜〜〜しても!試合に出ることができない〜〜〜!ってなった時は影山以上に活躍してやるから安心してお寝んねしてな?むしろそのまま自信喪失してくれても全然問題なっしんぐ。どん底に落ちても引き上げるのが先輩の仕事だからさ」

そういってニコリと笑った彼に対し、本日二度目の大地の手刀が容赦なく彼の頭にクリティカルヒットした。
痛みのある個所を抱えて悶絶する彼に「煽ってどうする!」と怒る大地と、そんな彼を見ていた影山の顔を日向が視界に入れた瞬間悲鳴を上げて田中の後ろへ移動していった。

「上等です!!」

ギラついた視線を彼に送る影山に悪戯が成功したような笑みで笑い返し、影山の前に立つとその頬を左右にびよんと引っ張った。

「可愛い後輩大歓迎!」

まさか影山もそんなことされるとは思わなかったのか、先ほどの闘争心むき出しの顔からぽかんと間抜け面を晒していた。対照的ににこにこと嬉しそうに笑って影山の頬を伸ばして遊ぶ彼に、別の意味で恐怖を覚えた。
温度差で風邪引くわ。

眠る獣を起こすべからず

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