これは俺や大地、スガがまだ二年生で、彼が一年生の時の話だ。
体育館で調子に乗って騒ぎまくる田中と西谷に愛の鉄拳を振り下ろしたのは当時のキャプテンでも他の先輩でもなく、名字だった。
「田中!西谷!いい加減にしなさい!これ以上騒ぐと外に放り出すぞ!」
そこにはまるで父親が喧嘩する兄弟を叱っているような図が完成した。
今まさにその騒ぎを止めようとしていたキャプテンの拳が行き場をなくしてすっとおろされた。それを視界におさめながら、言い訳をしようとする二人の前に仁王立ちで立つ彼の威圧感はヤンキーっぽい見た目も相まってそれはもう凄かった。
「いってぇな!なにすんだ名前!」
「そうだそうだ!なんでお前が怒るんだ!」
「お前ら。そんなに元気なら今から外周50周くらい余裕だろ?ちょっと走って頭冷やしてこい」
「はぁ!?外雨なんですけど!?」
「風邪引く!!」
「大丈夫。馬鹿は風邪引かないっていうし雨降ってるならその無駄に暑苦しい熱が冷えて丁度いいじゃねぇか。行ってこい。今すぐに。な?」
「いや、でもキャプテンが「いいから行けゴルァ」
にこり、と笑って二人の首を掴むと体育館の外へと放り出した。そしてバァン!と勢いよく体育館のドアを閉めるとくるりと振り返ってキャプテンのほうへ歩き出す。
「キャプテン、勝手に処理しましたが文句ありませんよね?」
「お、おう」
そして何食わぬ顔で練習に参加した彼に、俺は静かに心の中で彼を怒らせないようにしようと誓った。
そのわずか30分後、彼は盛大なボケをかました。
「なんか今日いつもより静かじゃね?」
「いやさっき名字が田中とノヤを放り出したじゃん」
「はっ!そうだった!」
縁下にそう言われ先ほど自分がした行動を思い出した彼は思わず持っていたボールを床に落とした。
怒りで我を忘れてついしでかしたことを綺麗さっぱり忘れており、更に二人の心配までし出した姿に周りは呆れかえって言葉も出ない。キャプテンから迎えに行ってやれ、というお許しをもらい、慌てて外に飛び出していく彼の背中に苦笑いしかこぼれない。
「あれ素でやってんの?」
「素でやってるな」
「マジか」
隣にいた大地にこそっと聞けば、遠くを見る目で肯定の返事がきた。
幼馴染の大地が言うんだから間違いないんだろうけど、なんでもそつなくこなす彼のイメージがあるから意外すぎる。近くにいたスガも俺と同じ反応していた。
「名字ってバカなのか賢いのかわかんねぇな」
「賢いバカだな」
「いやすげぇ矛盾。でもなんかわかるわ〜」
「そういえばこの前も自分の首に巻いたタオル一生探してたな」
「あ〜あれな。腹抱えて笑ったわ」
「いつも自分のドリンクどこ置いたか忘れてそのへんに置いてるやつ適当に飲んでるし」
「いまだにバスケ時代の感覚抜けねぇでトスするボール掴んでドリブルしだしたときはマジで笑った」
「本人至って真面目だからそれも相まってウケる」
「まぁそういうのは日常茶飯事だけどな。家だともっとヒドイ」
「見た目に反してすぎる」
「そのくせ頭はちゃんと賢いのがムカつくところだ」
「いやそれは大地の私怨が入ってんべ」
大地はそう言うがそれが彼の良さであり憎めない一面なのだ。周りもそれがわかっているのか、生ぬるい目で見守っている節がある。
何しろ騒ぎ出したら止まらないあの二人を一番最初に叱って黙らせてくれる存在としてキャプテンも重宝しているのだからある意味すごい。
他の人が言いにくいことをズバッと言う時もあるが険悪なムードにならない言い方や諭し方をするからこそ、あの二人も彼の言うことを聞くのだろう。効き目はそんなに長くないけどな。
そうこうしてるうちに追い出された二人が彼を引き連れて戻ってきた。見たところさっきと立ち位置が真逆になっていて、彼が二人に怒られている。
「普通忘れるか!?自分がやらせたことを!」
「すまんかった」
「頭冷やすどころかヒートアップしたけど!?」
「面目ねぇ」
「風邪引いたらどうしてくれる!?」
「いやそれはねぇな」
「「帰りにガリガリくん奢れよな!」」
「そうさせていただきます」
しゅん、とうなだれる彼の様子に田中と西谷がまたやいやいと騒ぎ立てる。また始まった、と苦笑いが浮かぶ面々だったが、彼がすっと顔を上げてパンと区切るように手を打った。
「はい!この話はガリガリくんで手を打ったのでもうおしまい。忘れてたのはマジですまんかったけど元々はお前らが騒ぎすぎるのが悪い。とりあえず濡れた服と頭を先になんとかして来い。練習に戻るぞ!」
「「…ウース」」
「貴重な練習時間がしょーもないことで削れるともったいないだろー?それにお前らがいないとなんだかんだ物足りないしアタッカーと守護神がいないと練習にならないだろ?まぁ騒ぎすぎはよくねぇけどな」
怒るところはちゃんと怒るが、そこからちゃんと上げていくのがすごい。彼の言葉を受けて満足げな顔をした田中と西谷が着替えにいく様子を可愛いものを愛でるようなまなざしで見送る彼の視線に二人は気付かない。
いやむしろ気づかないほうがいい。あれはちょっと、目に毒だから。
「世話のやけるこって」
大地の近くに移動してきた彼がこぼした言葉に、呆れた様子で大地が反応する。
「いや誰目線だよ」
「あの二人ってほんと手がかかる分可愛く見えるんだよなぁ」
「なに?産んだ?」
「は?おれの息子は大地だけだから」
「いやお前からは産まれてねぇよ」
「え?産んでない?ならおれはいつだって大地の兄ちゃんだから」
「俺のが年上」
「じゃあ弟」
「血ィ繋がってない」
「ま!ああいえばこういう!でもそんな反抗的なとこも成長を感じる…おれ嬉しい…」
「お前だってああいえばこういうじゃねぇか」
「ちょっとストップ!お前らの会話混乱するからやめてくれ!ツッコミどころが多すぎて処理が追い付かない!」
会話を聞いていたスガが思わず強制停止させるほど今のやり取りはマジで意味がわからない。日本語を話しているのに全然理解できない。大地も大地で彼が絡むと何故こうもポンコツになるのか。これが幼馴染補正?それもとバグなのか?
そんなやり取りをしている間に着替え終わった田中と西谷が帰ってきて彼は一年生ズのほうへ戻っていった。
彼の背中の見送っていた大地がおもむろに「でも…」と言葉を続けた。
「なんでか時々否定できないんだよなぁ」
「え?何が?」
「名前と話してると父親と接してるような気分になるときもあるし、兄のような時もある。昔はそれこそ本当の兄弟のように見られてたし扱われていた部分もあるけど基本スタンスは変わってないんだよ」
「大地の考え方がどこか達観してるのも名字が影響してるってこと?」
「親から教わる以外の良し悪しはアイツから学んだことが多いかもな」
「………じゃあどっちかっていうと産みの親じゃなくて育ての親って感じだな」
「!、それだ!」
「いや”それだ!”じゃなくて!旭も余計ややこしくなること言うなって!」
「す、すまん…まさか納得するとは思わなくて…」
なんだか腑に落ちたような顔で頷く大地に、まぁ気持ちはわからなくもないけどと思ったのは口には出さないでおこう。
今言えばスガだけでなく大地の反感も買いそうだと思った俺の勘を今だけは大いに信じたい。
触らない、祟らない、神ではない
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