ふとしたときに感じるようになったある男からの視線に赤城ウェンは珍しく困っていた。
困っている、と言っても日常生活になんら問題はなく、その男と同じ時間を共有するときだけに限るため特に実害もない。
だからこそ誰かに相談するようなこともせず、今の今まで忘れていたし放置もしていた。
しかし一度“見られている”と認識してしまうと気になってしょうがないのは人間の性でもある。
有難いことに今この空間には自分とその男しかいないため、思い切って今日こそはその男に物申すつもりで赤城は顔を上げた。

「!」

バチリ、とそれはそれは一直線に交わった視線。
男もまさか今、この瞬間目が合うとは思っていなかったのだろう。
いつもの涼し気な切れ長の瞳がまん丸に見開かれていた。
そんなに驚かなくても、と赤城は吹き出しそうになったのをぐっと堪えた。

「びっ…!くりしたぁ!何急に!どうしたのウェンくん」

どうしたもこうしたもあるか。
被害者面する男に赤城はスッと目を細める。

「テツさぁ、僕に何か言いたいことでもあるの?」
「え?僕が?ウェンくんに?特にないけど…」

男の言動は行動に反してちぐはぐだ。
何もなかったらあんな視線は寄こさないだろう。
何かあると踏んで赤城は更に男に問いかける。

「いやいやいや。最近テツからの視線凄いよ?この際だから言わせてもらうけど何かあるとしか思えないんだけど…言いたいことあるなら言って?僕別に何言われても怒ったりしないからさぁ」
「???」

ここまで言っても男の表情は意味を理解していないと物語っている。
まさか自分の気のせいだったのだろうか?と急に赤城も自信を無くしてきた。

「え?僕…ウェンくんのこと見てた?」
「と思ったからこの話題を出したんだけど…。え。もしかして違った?僕の勘違い?え。僕ってイタイ奴!?自意識過剰だった!?」

ボケると乗ってくると思っていた男の反応はまたしても自分の想像をことごとく裏切ってくる。
男は口元を隠すように右手を添えると神妙な顔つきで今までの自分の行動を振り返り始めた。

「待って………僕、ウェンくんのこと見てたかも…」
「ほらぁ!だから言ったじゃん!僕間違ってないじゃんね!?」
「間違ってないわ…え…怖…」
「いや怖いのは僕のほうだけど!?」

同じヒーロー、同じチームとして数えきれないほどの時間を一緒に過ごしてきてはいるが、いまだにこの男“佐伯イッテツ”のことがさっぱりわからない赤城だった。
今日はいつにも増して更に意味不明なため、両者の話の論点はずれにずれていった。

「今ウェンくんに言われて初めて気付いたわ。なんで僕ウェンくんのこと見てるんだろう?」
「テツがわからないのに僕がわかるわけないだろ〜!」
「いやでもウェンくんよく気付いたね?」
「そりゃあんだけ見られてたら猿でも馬鹿でも気付くでしょ!」
「言い過ぎじゃない?」

そう。ここ数か月、赤城は佐伯からの視線をひしひしと感じ取っていた。
何か作業をしているとき、別の誰かと談笑しているとき、手料理をふるまっているとき、一緒にお酒を飲んでいるとき。
自分の視界のギリギリの際に、いつも佐伯の赤紫色が灯るのだ。
それは遠い近いの距離など関係なく、熱を含んだもののようにも思えたのだ。

熱を含む、という意味を理解していないほど赤城も馬鹿ではないし鈍感でもない。
もし佐伯が自分に対して“そういう感情”を抱いているのだとしたら、と思うと、視線の真相を暴くのに躊躇せざるを得ないのであった。

「でも…そっか…確かに僕、ウェンくんのこと見てたけど…なんでなんだろう?」
「何か言いたいことがあったとか?」
「え。別にない」
「ないんかい」
「でも…一つあるとしたら…」
「一つあるとしたら?」
「ウェンくんがきた!ってことくらいしか…」
「???」
「いやっ、う〜ん…えっと、つまり…あ!ウェンくんだ!みたいな気持ちかも…」
「なるほどなるほど。つまり僕に会えて嬉しいってことね?」
「いや!そっ!ちがっ!いや違くないな!違くないけど!違う!そうじゃないんだよな!」
「どっちだよ」

自分がこの話題を出すことで変に気まずくなるかもしれないと恐れていた赤城だが、意外とそんな空気にはならなかった。
それはきっと視線を寄こしていた佐伯が無意識だったことが判明したからである。
いやそんなことあるか?と疑問はぬぐえないが嘘を言っているようには見えない。
演技力や表現力が高い男ではあるが、そういうところで嘘をつけるほど器用ではないことを赤城は知っている。
それはもう長年の連れ添った関係値がそう言っていた。

しかしどうだ?
さっきまであんなにも自分が赤城を見ていたことを認識していなかった佐伯が、いざ認識した途端にソワソワキョロキョロと挙動不審さを増していく。
最早目も合わない。何かと言い訳のように口だけは動いて言葉を発しているようだがだんだんと顔も色づきを増していく。
いつもの血色の悪さはどこへやら。今は風呂上りのような血色の良さだ。まったくどうしてそうなっている?
佐伯の急激な変化に戸惑いながらも話半分で男の様子をじっと観察すると、その視線に気付いた佐伯が更に慌てだす。
なるほど。これは面白い。もう一人の同期でチームメイトでもある宇佐美がいじり倒すわけだ。

「うぇ、ウェンくん!あの!みっ、見るのやめてもろて!」

赤城の視線に耐えかねて両腕を顔の前でクロスさせ、物理的に視線を遮る佐伯の様子は滑稽ながらも正直可愛さすらあった。
必然的に赤城の中で加虐心が煽られる。

「え?なんで?僕さんざんテツに見られてたのに?自分は良くて他はダメなんだ?」
「それに関してはホントごめんっ!めっちゃ気持ち悪かったよね!ほんとごめんっ!」
「いや?全然?」
「いや!?全然!?それはさすがに嘘だべ!?」

佐伯に言われてここでようやく赤城も気付く。
見られていると気付いてから今まで、自分が気持ち悪いと感じたことは本当にただの一度もなかったのだ。
どちらかと言えば“なんで見られているのか”という疑問のほうが強かった。

その理由も赤城の中では明確な答えがあった。
それは佐伯の視線の先にはいつも宇佐美リトがいたからである。
その視線が宇佐美に一点集中していることがわかっていたからこそ、それが自分に向けられたことに対しての不思議さが勝っていたのだ。

向けられるはずのなかった視線が自分に来ている。
少しでもいいから自分にも向けられたらいいのにと思っていたものが真っ直ぐ注がれている。
まるで昔からの願望が叶ったかのようなくすぐったい気持ちが先行し、気持ち悪さなど微塵も感じる隙すら与えない。

「(あれ…?ちょっと待てよ?もしかして僕………、あれっ!?)」

佐伯の視線が宇佐美に一点集中していることを何故知っているのか。
それは佐伯を見ていないとわからないことである。
それを自分が知っているということは、熱を含んだ視線を送っていたのは佐伯ではなく自分だったと気付くのに時間はかからなかった。

「ウェンくん?」

なんの反応も示さない赤城を不思議に思った佐伯が恐る恐る様子を伺うと、口を半開きにしたまま固まっている赤城がいた。
佐伯の困惑のこもった呼びかけにピクリと反応したかと思えば、今度は赤城の顔がブワッと色付く。それはもう心配するレベルで。

「ウェンくん!?どっどうしたの!?めっちゃ顔赤いけど!」
「うわーーーーーー!!!ちょっと待って!!!ちょっと待ってくれよぉーーーーーー!!!」
「え!待つ!待つよ!ウェンくん!!」
「そっちだと思ったらこっちだったーーーーー!!!」
「なっ、何のことぉ!?」

今度は赤城が佐伯の視線から逃げるように、はたまた自分の情けない姿を隠すように顔の前で両腕をクロスさせ叫んでいた。

気配に聡い佐伯のことだ。赤城からの視線には随分前から気付いていたのだと思われる。けれど宇佐美から貰うそれとは違うことも何となく理解はしていた。
他の誰とも違う赤城の視線は次第に佐伯の興味を引き、その髪色や存在感も相まって視界に赤城が入ると自然と目で追うようになっていたのだ。

赤城が何か作業をしているとき、赤城が別の誰かと談笑しているとき、赤城が手料理をふるまってくれるとき、赤城と一緒にお酒を飲んでいるとき。
佐伯は赤城が自分と対面しているときとそうじゃないときの視線の違いを無意識に見極めていたのだ。
そして気付く。自分に対する赤城の視線が他とは違うことに。

ここで両者共に図らずとも同じスタートラインに立ったわけだが、まだ赤城の方に分があった。
佐伯は違うことに気付いただけで、その意味を正しく理解していなかったのだ。
さすが佐伯イッテツ。期待を裏切らない男。恋愛の『れ』の字も知らない男である。
だがそのことを今の赤城が知る由もない。

「ごめんテツ…僕人のこと言えないや…」
「ええ?どうしたのウェンくん。僕で良かったら話聞くよ?」
「さすがの僕でも本人のこと本人に言えるわけない〜〜〜〜〜」
「いやそれもう半分言ってるようなもんだろ!」
「絶対引かれるもん。やだよ〜〜〜〜ここに来てテツに嫌われたくない〜〜〜〜〜〜」
「僕がウェンくんを嫌いになるなんてないない!逆はあっても僕からはないよ!」

佐伯の言葉に赤城は沈みそうになった心を一旦引き止めた。
それもそうか、と妙な確信が脳裏をよぎる。
泣きそうになっていた情けない顔をやめ、賭けに出ようとしてる赤城の表情は言うなれば今まさにリーチがかかった台のハンドルを握っているときの真剣さと高揚感が混じったものと同じであった。
対する佐伯は何もわかってなさそうな顔で満面の笑みを浮かべている。

「…じゃあテツ。僕がテツのこと好きだって言っても僕のこと嫌わないでくれるんだね?」
「もっちろん!佐伯イッテツに二言はないね!」
「ちなみに恋愛的な意味だからね?そういう意味で好きなんだからね?わかってる?」
「わかってますよ兄貴ィ!恋愛的な意、味、で………、ヘァッ!?!?」
「ほらも〜〜〜全然わかってないじゃん〜〜〜」
「すすす、好きって!え!?ウェンくんが!?ぼ、僕なんかを!?」
「………」
「れ…、ん…、あい、的な、意味で………、す、すすっ、好きって………えぇっ!?」
「………」
「えぇっ!?」
「ッ…おもろっ…!」

目の前で大パニックを起こす佐伯のおかげで、赤城はやや冷静さを保ちながら引かれていない様子に少しばかり安堵していた。
それもそうだ。同僚でありチームメイト、そのうえ同性である。
望みは無いに等しいとわかっていたからこそ、無意識のうちに自分の気持ちに蓋をして尚且つ自分のことは棚にあげて全ての元凶を佐伯の所為にしていたのだ。
けれどその佐伯が、あろうことか赤城の背中を押したことにより今がある。

「佐伯イッテツに二言はないんでしょ?」
「うっ…ハイ…そのとおり、です…」
「それともやっぱり僕のこと、嫌いになった…?気持ち悪いって思う?」
「………わッッッッッかんねぇ…!!!!!!」
「音圧えぐ」
「嫌いには!なってない!気持ち悪いとも!今のところ思ってない!」
「うん」
「好きか嫌いかで言われたら大好きだけど!それがウェンくんが言ってくれた意味と同じかどうかは!わっかんないです!!」
「うん!いいよ!」
「なにがぁッ!?」

感情の起伏が激しいがゆえに、その様子を見ている赤城は妙に楽しそうである。
感じていた一抹の不安も、佐伯の音圧が吹き飛ばしたのだろう。

「それでいいよって。ひとまず第一関門はクリアしたからさ。あとは攻略してくだけだし気楽にいこうよ」
「…え?…かるッ」
「旅は道連れ世は情け〜ってね」
「へ?同行確定なの?」
「あったりまえじゃん!二人三脚でゴーよ?」
「え、えぇ〜〜〜〜〜???ンン〜〜〜〜???」

いまいち納得も理解もしていないまま流されそうになっている佐伯ではあったが、その胸の内は穏やかではなかった。
ドコドコと激しい太鼓のような鼓動が鼓膜を震わせ、自分の声も赤城の声もかき消されて聞こえない。
収まりつつある顔の熱が、またよみがえってくる気配がした。
赤城の視線の意味が自分に対する好意であったことを教えられ、赤城の笑顔にほだされてまぁいっかと軽く流そうとしている中、この胸の高鳴りだけが収まらないでいる。
最初に赤城に問われた視線の意味、自分が赤城を目で追ってしまう理由、赤城と同じ意味合いの好きかどうかわからないとはぐらかした今、赤城から注がれる心地良い熱の余韻に浸っていたい佐伯であった。


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