月と海

※月と深海魚番外


「雑渡さん見て見てー美味しそう」

「私が思うにそれはここで言うべき感想じゃないと思うんだよね」


今日は休日
何となく気紛れで二人で水族館に来てみた


「雑渡さーん!なまこ!なまこ!!」

「はいはい、あんまりいじめちゃダメだよ」

「知ってますか?ヒトデってひっくり返しても自分で元に戻るんですよ」

「なまえちゃんは物知りだね、でもヒトデが可哀想だからやめておこうか」


彼女の年齢の半分にも満たない子が大半の中
嬉しそうにふれあい広場でヒトデだなまこと戯れる彼女はとても大人とは思えないが楽しそうなので何よりだ


「しかし凄いね。海でもないのにこれだけの魚が見れるなんて」


この水族館と呼ばれる施設は川だけでなく海の魚までいるのだと言う
川にも海にも行かず魚に触れ合えるようになるとは

それも食用ではなく殆どが観賞用らしい
飽食の時代ならではの娯楽施設だ


「さすがにクジラとかはいないですけどね」

「そうなんだ、安心した」

「どうしてですか?」

「五百年後のこの世界でも出来ない事があるのを見るとまだまだのびしろがあるのだなって」

「なんか難しい話ですね」


出来ない事があるという事は可能性があると言う事だ
壁にぶつかると落胆する者も多いが乗り越えるべき目標が出来たとむしろ喜ぶべきだと私は思う

彼女も私位の年齢になれば分かるだろうか
それとも、この平和な世界では気付く事は出来ないのだろうか


「雑渡さん、おみやげ見ましょうよ
喜八郎にも何か買っていかないと拗ねそう」


むしろ二人で逢瀬を楽しんだ事がバレる方が彼は拗ねるのではないかと思ったが
ここはあえて黙っていた

昼頃水族館に訪れてもう二刻は過ぎ人もまばらになってきた頃だった
私たちも例外無く、帰路にたつ頃となる


「ちんあなごのぬいぐるみだってー
ちんあなごって喜八郎っぽくないです?でも喜八郎の方が可愛いですね」


穴からひょっこり顔を出す様は確かに私も喜八郎君に似ていると思った
捕らえ所のない表情もよく似ている


「あ…やめた、やっぱりお菓子とかにしましょう」


何を考えたのか
彼女の表情は曇り
先ほどまで抱えていたぬいぐるみを棚に戻しお菓子の並ぶ棚へと足をすすめた


「どうかした?」

「…いえ、物は増やさない方が良いかと思って
マフラーとかと違ってぬいぐるみなんて、ただの飾り物でしかないですし」


嗚呼、そういう事か

私も喜八郎君も何時までもこの世界にいる訳にはいかない
実用性の無い置物など
もしあちらの世界に持ち帰れたとしても荷物にしかならず
それだけではなく、未練につながる可能性もある


「私はあちらを見てくるよ」

「えぇ、終わったら声をかけますね」


この逢瀬も、夢のようなもの
何時か醒めてしまうというのだろうか



─────────



「おみやげも買ったし、帰りましょうか」

「何を買ったんだい?」

「焼き菓子です、味見が美味しかったので」


日が沈み
人影もまばらになってきた
私たちと同じように水族館に背を向けて歩く人達が大半だ


「なまえちゃん」

「なんですか?」

「これ、私から今日のお礼だよ」


差し出したのは小さく包まれた小箱
簡単にだが包装もきちんとして貰った


「え?何だろ、開けて良いですか?」

「どうぞ」

「わぁ…」


小箱の中にはピアスと呼ばれる装飾品
彼女の耳にはピアスをつける為の穴が開いていた事
そこにピアスをはめていた事も知っていた

場所柄あまり高い物ではないが値段的にも
彼女の年齢からすれば普段使いには十分な物だと説明を受けていた


「お月様モチーフと、それにこれアクアマリンですね
つけて良いです?」

「勿論、それはもうなまえちゃんのものなんだから」

「…少し、可愛すぎないですかね?」

「そんな事はないよ、思った通りよく似合ってる」


耳元で揺れる銀色の月と
控えめに光る青い石は彼女によく似合っていた


「有り難う御座います、大事にしますね」


そうやって
笑う彼女は可愛くて
いとも簡単に私の心を掴んでしまう

なまえちゃんは私達と違う

けれど私からの贈り物など彼女からの贈り物同様
毒にも薬にもなりえる

下手したらその小さな装飾品一つで彼女の心を縛る事になるかもしれない


(いや、違うな)


私は彼女の心を縛りたいのだろう

私がいなくなった後も
少しで良い
私を思い出して欲しい

そんな我が儘だ


「ご飯お寿司食べに行きましょうよ
この時代のお寿司は回るんですよー」

「花より団子、魚より寿司だね」

「花と違って魚は食べられますから!」


どうか彼女の心に
少しでも良い

私の事が残りますように