少年少女の恩人

「天国獄だ、ちょっと弟さんの事で話しが…」


彼のその一言が
全てのはじまりだった

玄関先で軽く自己紹介され、弟の名前を出されてからの記憶はない

天国と名乗った彼は見た限り私より一回りは離れているであろう大人だ
私たちはあとどれだけ苦しめばいいのだろう

リビングに招き、お茶をいれて、重苦しい雰囲気の中
天国さんが口を開いた

「で、なまえさんの弟の四十物十四くんについてなんだけど…」

その一言でまた記憶が飛びそうになる
心拍数が上がって、息は荒くなり
目の前が真っ白になる

だけれど、私は話を聞かないといけない
応えないといけない

私のために、十四のために

「そ、それなんですが…」
「ああ、俺は十四くんを…」
「わ、私…大人の方は相手をした事が、なく、て…ご満足頂けるか…は…」

自らのブラウスのボタンに手を掛け、一つ一つ、必死に言葉を紡いでいると
視界が揺れた



*****


陰湿ないじめが行われていると聞いた
学校が自分の世界の中心と言っても過言ではない子供にとっては耐え難い内容だった

これを助けないで兄貴に顔向けなぞ出来ないと思った俺は解決に乗り出し
被害者である四十物十四の家に向かったのだ

そこで俺を出迎えたのは四十物十四の姉であるなまえだった
十四と少し年が離れてはいるが彼女もまだ学生で、俺からみればまだまだ少女だった

十四の名前を出した途端表情が変わったのを見逃さなかった
家族も苦労しているのだろう、呑気にもそう思った

もっと早く俺の耳に入れば、そう激しく後悔したのはそのすぐ後だった

「わ、私…大人の方は相手をした事が、なく、て…」

なまえは震える声で自らの服に手を掛け俺に言った
大粒の涙を流しながら申し訳なさそうに、まるで自分が悪いかのように

僅かに外されたブラウスのボタン、そこから覗く肌を見て
俺は絶句した

痣だらけの体
明らかに乱暴をされたあとだ

テーブルの上の茶などに目もくれず、彼女に駆け寄り
思わず自分の上着を掛けた
カタカタと震えながら、ごめんなさいを繰り返す彼女を見て
彼女もまた被害者なのだと悟った

四十物十四となまえは実によく似ており
2人ともとても整った顔をしている

なまえもその端正な顔立ちに、女なのだから十四には劣るとはいえ
ほかの女性と比べ長い四肢にすらりとした体

一言で言うならばガキとは言え良い女だった

それは簡単な話しだ

彼女は十四をたてに脅され、慰み者となっていた

体を差し出さなければもっと酷いいじめをする
これだけ乱暴をされても十四への執拗ないじめがやまないのは自分の奉仕が足りないから

十四はこの事を知らないらしい
知ればそれこそ、彼は最悪の道を選んでいたかもしれない

最早いじめなどという言葉では済まない程、連中はこの姉弟を苦しめていた
姉はただ弟を助けたくて、弟はただ姉に心配を掛けたくなくて耐えているのに

何が何でも、この姉弟を救い出すと震えるなまえを抱きながら誓ったのを覚えている



*****


「「獄さ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!」」
「お前らなあ…仲良く人の事務所に邪魔にくるんじゃねえ…」
「だって姉ちゃんいないと自分だけじゃ心細いっす!」
「わ、私も十四がいないと勇気が出なくて…」
「そこまでして来なくても良いだろ…」

あの事件から数年、四十物姉弟はそれぞれの道を歩んでる
なまえはまだ異性への恐怖はあるようだがだいぶマシになり
十四もバンド活動に忙しい

にも関わらずよくこうして俺の事務所に押しかけてくるわけだが

「で、今日は何の用だ」
「あっ、それなんすけど!獄さん一緒にプール行きましょうよ!」
「皆で行きましょう〜!ね!獄さん!」
「プールって…俺を呼び出すには足りねえ理由だな」
「「そんなあ〜!!」」

よく似た顔が揃って俺に詰め寄ってくる
しかもその内容がプールに行こうだなんて、ガキはお気楽で良いもんだ

「2人で仲良く行けば良いだろ」
「それでも良いんすけど、姉ちゃんと2人だとナンパを対処しきれないっす」
「私も十四もよく知らない人が声掛けてくるから…」
「遠回しな自慢か?」
「あと獄さんがいた方絶対楽しいっす!」
「皆で遊びたいんです!」

でかい図体した2人が騒ぐのはとにかくやかましい
本来なら断る案件だ

しかしなまえはプールにも行けるようになったのか
あの事件の時、心身ともに深い傷を負いなまえはしばらく男性不信だった
俺に対しても普通に接するまで時間が掛かったし、肌の露出に至ってはずっと控えていた
この一年でようやく半袖などを着はじめ、ついにはプールにまで行きたいなどと言い出すようになったのか

もしかして、本当はやっぱり怖くて俺を誘ったりしたのだろうか
真偽は分からないがそれでも、なまえの傷が癒えてきている事は嬉しく思った

「…しゃあねえな、行ってやるか」
「やったっす!獄さん水着ありますか?」
「私たちはこの間一緒に選んだんですよ〜獄さんのも選びたいです!」
「いや、お前らに任せるとえらい派手なのになりそうだから自分で用意する」

まだしばらく事務所は騒がしいだろうが
それは俺の責任なのだから暫くは責任を持って相手してやろうと思う


「そうそう、姉ちゃんの水着結構エロいんすよ!」
「そういう十四の水着だってちょっとえっちだった!」
「だからお前たちにはナンパが寄ってくるんだよ」