1夜目

「あーーーー性欲ってめんどくさいったらないわ」

時刻は12時を周り、終電ももう無くなっている時間
私は行きつけであるヨコハマのバーでいい感じに酔っ払ってマスターに絡んでいた

「なまえちゃん、またその話?」
「そう!また!またなの!!」

かんっ!とグラスを少しだけ強くコースターに置き
もう何度ここでしたか分からない愚痴を繰り返した

「私そんなにセックス好きじゃないんだってば〜〜〜〜〜
確かに私は?顔は結構いいし?スタイルだって悪くないじゃん?
でもそればっかりはさ〜〜〜〜嫌なんだよ〜〜〜〜〜〜寝かせてよ〜〜〜〜〜〜」
「相変わらず自慢なんだか愚痴なんだか分からない話だね」

この時間、ここのバーはもう常連しかおらず
こんな下の話も愚痴も今だからこそ許される

私はセックスがあまり好きではない
というかそれよりも普通に寝る事の方が好きなのだ
しかし付き合う男は悉くそうはいかない
私は週に1回だって多いし、何なら月に1回もしなくて良い
だと言うのに泊まる度にやろうやろうと言われるのは正直心身共に持たないのだ
かと言って遠距離恋愛がしたいわけではない

人肌自体は好きなのだから困ったものだ
彼氏と別れてそこそこ経ち、純粋に人肌が恋しかった
私は他人の体温を感じて眠りにつきたいだけなのだ

「…はぁ、人肌だけで満足してくれないもんなのかしらね、男って」
「あの、お言葉ですが…」

そうつぶやいた時、私とマスターの会話に一人の男が混ざってきた
たまにここで見かける、良さそうなスーツに身を包み、高そうな時計が時折袖から覗く
眼鏡のよく似合うイケメンだった

彼は静かに飲んでいる事が多く、注文以外の声を聞いたのは初めてかもしれない

「先程の話、本当ですか?」
「どれの事?」
「人肌だけで満足してくれないもんなのか、のところです」
「ああ、ホントだよ〜私元々若い時からあんまそういう欲なくてさ〜
もう30間際だよ?そりゃ余計落ち着くって話よ」
「なるほど…では…」


「その話、私が立候補しても良いですか?」
「はい?」


*****


話に聞くと彼もまあ私と同じらしい

私もあまりそういう事に興味はないのですが人肌自体は恋しくてですねと話す彼も酔っていたんだと思う
そしてそれに対して二つ返事でOKした私も勿論酔っていた

ベロベロに酔っていたわけではないのだから理性はあった
それでもイケメンに言われて悪い気はしなかったのだ
何より私も人肌が恋しかった

入間銃兎と名乗ったこの男の家はタクシーであまりかからないらしい
バーとタクシーの中で話して分かった事は入間さんも性欲は旺盛ではないのだが付き合う女が揃いも揃ってそうではない事
だがしかし、人肌は恋しいし何ならそれで寝付きも悪く寝不足だとの事だった

誰かと寝る事の心地良さはよく知ってるつもりだったから思わず同意してしまい

「なまえさん、良かったら私と寝てくれませんか?」

なんて言われてこうしてホイホイ着いて来たわけだ

尻軽と言われるかもしれないが、正直私はもう眠い
それを久々に誰かの体温を感じて、それもイケメンと寝れるならこれ幸いだと思ったのだ
最悪犯されてもまあイケメンだし、ととにかく楽観視していた

案内された入間さんのマンションは高層階にある1LDKの広めの部屋だった
整理されており物も少ない
入間さんは見た目通り几帳面な性格なのだろう

「浴室はあちらです、タオルは棚にある物を好きに使って良いですしパジャマは…」
「ねーねー入間さん、今更だけどホントに寝るだけ?」

本当に今更だと思いながらも念のため確認を取った
途中に寄ったコンビニで化粧落としや化粧水だけでなくミニボトルのシャンプーリンスまで買いお泊まりの準備は万全だがコンビニで買った色気の無いパンツにシャワーを浴びれば着替えるわけで
私はシャワー浴びたらさっさと寝たいのでそういう気は全く無いがやっぱりそういうつもりだと言われたら面倒だと思ったのだ

「勿論、私は眠いんですよ」
「いや私もだけどさ…完全にノリで来たけどやっぱおかしくね?って今更思って…」
「なまえさん、もしも私が本当にたまっていたとしてこんな回りくどい方法を取る必要があると思います?」
「…ないかな」

ああ、こいつは自分の顔が良い事を自覚してるのか

上手く隠してるのかもしれないが
それでも入間さんから男特有のギラギラとした性欲を感じる事はなく
私はカビのない、掃除の行き届いた浴室でシャワーを浴び
渡されたTシャツとスウェットに着替えるとスウェットは裾が余りまくっていた

「入間さん足なっが、どうなってんのよ」
「こうなってるんです。次までにちゃんと用意しておきますから、ほら、髪乾かしたなら寝ますよ」
「はぁ…」

次まで、もしかしてまた私はここに泊まりに来ることになるのだろうか

案内された寝室も、加湿器と間接照明、そして観葉植物以外の目立ったインテリアはないシンプルでセンスの良い部屋だった
少し広めのベッドに入間さんが先に潜り込み、ほら、いらっしゃいと言われて
私は大人しくその腕に収まってしまった

背中に回された腕からはいやらしさも感じない
密着した部分から入間さんの体温を感じる

息遣いも、心臓の音も、自分と違う匂いも
私ではない人間を直に感じる事に安心感を覚えた

「なまえさん、平熱はどのくらいです?」
「37度だよ」
「高めですね、これからの季節に実にちょうど良い」
「平熱を褒められたの初めてだわ」

そうやって小さく笑った入間さんから寝息が聞こえはじめたのは
それからすぐだった