バレンタインの話

さて、今日はバレンタインだ
彼氏が居ない私にとってはあまり縁のない行事だと言いたいところだが
流石に1人、渡した方が良いであろう相手がいる

もう一度言うが私は彼氏はいないし何なら気になる異性もいない
それでも気にかかるのは最低週5という高頻度で添い寝をするあの男の事だ

(…どうせ山程チョコ貰うんだろうなあ…)

たまに忘れそうになるが私の添い寝の相手、入間さんは高身長に誰もが認めるイケメン、おまけに公務員でその立ち振る舞いと言ったらスマートな事この上ない

モテないわけがないし
忘れそうになるが何ならモテる要素しかない

私にとって入間さんはやたらと顔の良い眠たがりでしかないのだが
日頃お世話になっているし、いくら大量に貰う事が予測出来てもこの行事を無視する訳にはいかないだろう

(つっても何あげたもんかねえ…あの人そもそもあんま甘い物好きじゃないし…)

バレンタイン当日に悩んだ所で選択肢なぞ知れてるのだが
それでもどうしたものかと頭を抱えた

*****

「いや漫画か?」
「何がですか?」

その夜、何時ものように入間さんのマンションに先にお邪魔していると時間差で帰ってきた入間さんは両手に紙袋を抱えていた

すごい、これ全部チョコだ
沢山貰うのだろうとは思っていたが予想以上だ

「どんな物を貰ってもお返しは全員同じ物にしてるんですけどねえ
それでも皆さん諦めがつかないようで」
「うっわ、有名チョコのオンパレードじゃないですか…これとかたっかいやつですよ…
飲み会の会費くらいするやつじゃないですか…」
「色気の無い例えですね」

雑誌やテレビでしか見たことのないチョコの山を見て思わず変な例えをしてしまった
このチョコを送った人達はスマートな入間さんに惹かれてるのだろうか
肝心の本人は性欲より食欲より寝る事を優先する男だというのに

「で、なまえさんは無いんですか?」
「何がですか?」
「私にチョコですよ」

いや、ふつうこんなに堂々と催促するか?
別に私達添い寝するだけで男女の仲ではないというのに

「…欲しいんですか?そんなに一杯あるのに」
「さすがに貴女から貰えないのは腑に落ちないんですよ」
「はあ…」

確かに日頃入間さんにはお世話になっている
ここに入り浸るようになって私の部屋の光熱費も安くなってしまったし、食費も実のところだいぶ浮いてる
確かにチョコを渡さない理由はないのだがこのチョコを前にして私のチョコは渡しにくい

「…まさか本当に無いんですか?」
「いや、一応…あるにはあるんですけど…期待するもんじゃないですよ」

流石に観念した私はカバンを漁り、チョコを取り出す
はあ、こんな事ならきちんとデパートにでも行けば良かった

煌びやかなチョコたちを前にして
私のチョコはあまりに貧相だった

「これですか?」
「…だって入間さんが一番欲しいものこれじゃないですか…」

私が手渡したのはコンビニなどでも売っている安眠を促進するというチョコだった
おしゃれな包装なぞせず、剥き身だしそもそもコンビニで買えるし(何ならスーパーでも買える)

これが10個あっても入間さんのチョコ1個にも敵わないと思うといっそあげない方が良かったかもしれない

「…貴女って人は本当に…」
「…何か、すみません…マジでこれしか浮かばなくて…」

こんなにもスマートで、整った顔をした入間さんだが実は口は悪いし
性格だって結構荒っぽい
一部では女の扱いが酷そうなどと言われてもいるが実際は女の相手もせず、睡眠を取るのに必死な男だ

それを知っているからこそ飾ったチョコをあげようなんて考え、私には浮かばなかった

「本当、よく俺の事を分かってるな」
「これがお気に召すなんて、入間さんに本命チョコあげた方々が可哀想ですね」
「勝手に期待して勝手にチョコ寄越してきた奴なんざどうでも良い」

そう言って小さく笑うと入間さんは早速乱暴に包みを開け
チョコを一つ口に入れた

たかだかコンビニで年中買えるチョコを
この男は憎たらしい程綺麗な顔で

嬉しそうに頬張るものだから見ているこっちの気も抜けてしまう。