告白

「なまえ、私と付き合って欲しい!」
「…はい?」

その日の鯉登くんは何時もより少しだけ良いお店に連れて行ってくれた。
聞けば本来の任務地である旭川に戻る日が近いらしい。
小樽と旭川、今生の別れとなるような距離では無いしこれからも時折小樽には寄るらしい。

今日はそんな暫しのお別れの話しをしたかったが故の選択だったのかもしれない。
決して私でも緊張しない程度の格式のお店で、相変わらず注文は鯉登くんに任せた結果どれも美味しく珍しく洋酒も堪能してしまった。

そして帰り際、少し待っていて欲しいと言うから何かと思えば薔薇の花束を手に私に告白をしてきた。

「おいはなまえを好いちょっ…いや、なまえの事が好きだ!
だから私と正式に交際を…」
「何を言ってるんですか?」

彼の行動と言葉に思わず、低く冷たい声が出た。

予想外の反応だったのか、私の声で鯉登くんはビクリと肩を震わせた。
ああ、申し訳がない。私とした事があまりにも苛立って隠す事が出来なかった。

「…いえ。びっくりして思わず声が上ずってしまいました」

そうやって先程の態度の訂正すれば鯉登くんは大きく息を吐く、本当におめでたい男だ。

鯉登くん、貴方は緊張もしないようなお店だったかもしれないけれど
今日のお店は私にはそれでも敷居が高いんですよ。
貴方が水のように飲んだ洋酒、私が稼ぐのにどれだけ掛かるか知っていますか?
貴方のその上等な外套…いえ、その花束でも十分です。
私がそれを買おうとしたらどれだけ努力しなくてはいけない事やら。

「では鯉登くん、返事はあちらでしますよ」

そう言って鯉登くんの手を引けば、それだけで彼は先程飲んだ洋酒の様に顔を赤めた。
何て初なのだろう。そんな気持ち、私は何歳まで持ち合わせていた?

鯉登くんの手を引き、足を踏み入れたのは連れ込み宿だった。
尾形さんと来たから覚えていた、と言ったら貴方はどんな顔をするだろう?
ここがどの様な場所かも分からないまま、鯉登くんは私に手を引かれたまま一室に案内された。

「こ、此処は一体何をする場所なんだ?」
「おや、鯉登くんのような方々はご利用しないのですかね?」

実際はどうなのだろう。遊びが好きな名家の方はどうしたのだろうか?
まあ、私には知る由も無いのだけれど。

小さな部屋に敷かれた布団、その上にお行儀よく座る鯉登くんに近寄り、囁くように訪ねた。

「鯉登くん、貴方童貞はどうやって捨てましたか?」
「キエエエエエッ?!ち、ちょかっ、何を言い出すど?!」
「学舎で恋に落ちた女学生ですか?それとも上官に連れられた遊郭?鯉登くんならお見合い相手っていう可能性もありますかね?
ああ、失礼しました。婚前交渉なんて下品な真似は良家のお嬢様には無縁でしたね」
「そ、そげん事聞いてどうすっど…」
「では…私の処女はどうやって失ったと思います?」
「しょ…?!ま、まさか無理矢理…」

女が一人で生きて来て、真っ当ではない処女を失う機会として彼が想定しうるのはそれなのか。
嗚呼、こいつ本当に恵まれて育ったんだな。

「違いますよ、鯉登くんには想像がつかないかもしれませんね…」

その言葉が言い終わる前に、鯉登くんを押し倒し。
初めて彼を見下す形で、私の過去を語る。

「貴方にとっては価値すら感じないような値段で、私の処女は買われました」

もう何時だったかもおぼえてはいないが、幸い無理矢理襲われた事は無く私の処女は守られていた。
だからこそ、値段をつけられたのだ。
男というのは若い女と初物好きが多く、一日を生きるのに精一杯だった私には狩りをするよりも簡単にまとまったお金を手に入れられた事を今でも覚えている。
肝心の相手の事は何も覚えていないのだけれど。

「処女を…売る…?」
「はい、幾らだったか聞きます?鯉登くんだったら笑ってしまう程安いと思いますよ」
「…いや、良か…」

好きだった女に押し倒されて狼狽していたが、その表情は少しずつ曇っていった。
これほどまでハッキリと言わないと彼には通じなかったか。

「私と鯉登くんは、あまりにも育ちが違うんですよ。
今でこそ私は体を売ってはいませんが、それこそ鯉登くんがお金を積んでくれたら私は躊躇いなく足を開きますよ?
そして私が鯉登くんに体を売っても良いと思える金額も、貴方にとっては些細な物でしょうね」

はした金で抱かせる気などは無いが、私が一つの季節をかけて稼ぐお金を出されるならば考えるのも惜しい。
私はそういう女なのだ。
貴方とは育ちが、血統が、考えが、何もかもが違う。

「…幾らだ?」
「はい?」
「幾らあれば、なまえはこの生活を止められる?」
「…ッ!!」

本当に、このくそボンボンは何度私を苛つかせれば気が済むんだ。

私を抱きたいのならば大人しく一晩だけの金を提示すれば良いものを
どうしてこいつは当たり前に、私一人の人生をどうにかしようとするのだ。

もっとへりくだって、媚びを売れば鯉登くんなら私一人の人生なんてどうとでも出来るかもしれない。
けれどそんな事が出来る人間だったら私はとうにしていた。

結局私は自分の心が楽である事を優先したいのだ。
そしてそれを叶えてくれる人がいるとしても、それは決して鯉登くんではない。
貴方と居ると私の中のどす黒い感情が消えない。

「鯉登くん、折角だから教えてあげますよ。
下賤な女がどのようなものなのか」

どうしてくれよう。
私は今、こいつに私がどれだけ下賤な女かを知らしめたくてたまらない。