28

「なまえさん、体調大丈夫?
ゼリー買ってきたけど食べれる?」

「あー…うん、食べる」


紫原君が大学に向かった後私は意識を手放し
ある程度睡眠をとった所で次は一足先に大学から帰ってきた氷室君が私の部屋にやってきた


「水分はちゃんと取ってる?」

「本来君達の為のスポーツ飲料をありがたくいただいてるよ」

「なまえさんの健康の方が大事だよ」


この間あんな事があったというのに
私たちの間には穏やかな空気が流れていた

気を使う余裕も
何さり気なく名字から名前呼びになってるんだよとつっこむ余裕も今の私にはないのだ

だからこそ氷室君が不穏な空気を醸し出さない限りはその空気に便乗する事にした


「食欲はある?」

「紫原君がお粥作ってくれたから今は大丈夫」

「アツシが?じゃあ夜は俺が作るよ」


氷室君の料理か
この子男の料理って感じで盛りつけとかはあまり上手くないけど味は結構良いんだよな

盛りつけとかこだわりそうな印象があったので意外だったのをよく覚えている

氷室君の差し入れのゼリーをゆっくりと胃に入れながら
ゆっくりとした言葉のラリーは続く


「久々に学食を食べたけど、やっぱり俺はなまえさんの作る弁当の方が好きだったよ」

「病人に家事の催促かい?」

「まさか、そんなつもりじゃないさ」


そう笑う彼との
こんな空気を久々に思う


「なまえさん、早く元気になってよ」

「あー、それは私の何だー?免疫力?さいぼー?あたりに言ってくれ…」

「はは、まぁまた少し寝ると良いよ」

「ん、お言葉に甘える」


また頭がぼんやりしてきた
そう簡単に熱は下がらないものなのだな


「ずいぶん汗かいたみたいだけど、体拭こうか?」

「あ゛ぁーん?」

「冗談だよ、そんな怖い声なまえさんらしくない」


こいつの冗談はどこまでが冗談なのか実に分かりにくい

最初は紫原君の方が何を考えてるか分からなかったが
彼の思考は物凄く単純でわかりやすく、氷室君の方がよっぽど分かりにくい

外面の良さそうな表情の下に何を隠してるのか分かったものじゃないのだ


「じゃあなまえさん、お大事に
あ、そうそう」


立ち去ろうとした素振りを見せ
彼は私の顔の真横のシーツに手を埋め
私を見下ろし

前にも目にした流れるような自然な動作だった


「忘れ物」


そう言って彼の唇が降ってくる


「…うつってしまえば良いのに」

「それでなまえさんが治るならそれも良いかな」


そうやって笑う顔は憎らしい程に整っていた
風邪を引いて高熱で歪んでしまえば良いのに


「アツシだけキスするなんてずるいからね」

「前から言いたかったけど、君らのその情報の共有なんなの?」


結局この日
私の熱は下がらなかった