▼英雄を目指しはじめたガの話
正統派な部分。この後、頼られなくなって自我が揺らいで不安になっていく流れでした。-----------
児童養護施設の子供というのは、総じて愛情不足だった。親を亡くした子供、捨てられた子供、引き離された子供が集まっているのだから仕方のないことだった。それ故なのかわからないが、俺が入った施設には、精神的に不安定な子供が多かった。すぐ喧嘩をする子供、泣いてばかりの子供、何をしても笑っている子供、ずっと上の空の子供、下を向いて黙っている子供、人によって様々な症状があるが、そのどれもがとても正常とは思えない状態だった。
あいつはそこにいた、無口で無表情な子供だった。何をされても無反応なため、周りに当たり散らして発散するタイプの子供の標的になっていた。職員が見つければ引き離すこともあったけれど、俺が施設に入った頃から毎日起きていたから、それが当たり前の光景で、止めても繰り返すのだから無駄なだけだと放っておくのが日常だった。
朝早く起きた日のこと。あいつが先に起きていて、掃除をしていた。俺に気づく様子もなく、黙々と作業をしているのが気になって、なんとなく、声をかけた。
「よお、お前、朝早いんだな」
一度だけこっちを見て、目線はすぐに作業へと戻された。学校の時間にはまだかなり余裕があったので、続けて話題を振った。どのくらいからここの施設にいるのか、いつもこんなに早いのか。具体的な説明が必要な質問には答えなかったが、イエスかノーの返答であれば首を傾けて行ってくれるので、多少は理解できた。
「お前、毎日殴られてるけど平気なのか?」
その質問をした時、一度だけ肩を震わせた。しかし首を傾ける様子もなく、返答はなかった。誰だって殴られるのは嫌なはずなのに、それすら返答しないのがよくわからなかった。でも、返答はなくても一度肩を震わせたのは事実だ。思っていることが確実にあるはずだ。
次の日、あいつを殴っている奴に腕を掴まれて、どこかに連れて行かれるのを見かけた。いつもならその様子を眺めるだけのところ、俺は行動を起こした。
「悪いな、こいつ俺と用事があるんだ」
掴まれていた手を払って、そう言った。そして呆気にとられているうちに反対側へと手を引いて、歩き出す。
「……どうして」
すぐ隣から声がして、こいつの声だと気がついた。想像していたよりも綺麗な声だった。
「昨日聞いただろ、平気じゃないのかって」
「…答えてない」
「肩が震えてたのに平気なわけないだろ」
とはいえ、実際のところは気まぐれだ。確かにあの時こいつは震えていたけど、かといって自分に危害が及ぶようならすぐに手を離して自分だけ逃げるつもりだった。今日はただ、連れてかれるこいつの手を引いたらどんな反応をするか、気になっただけ。
「…あなたまで殴られるわ」
「だろうな。でもまあ、お前一人よりは分散した方がましだろ」
「……ありがとう」
その言葉に混乱した。俺に言ってるのだろうか。俺はただ、気まぐれで手を引いただけなのに、どうして感謝されるのかわからなかった。今までこいつは、あの状況から逃げ出したくても逃げ出せなかったのだろうか。俺が手を引いたから、初めて殴られずに済んだ、ということなのだろうか。
俺は初めて知った。人を助けるということが、俺にもできるということを。そして、俺にとってのクレイの旦那のように、こいつにとっての英雄が俺になったのだと、理解した。
最初は予想通り、反発があった。俺も標的にしよう、という様子がみられた。けど、施設の職員に見える場所にいれば特に影響がないのを知ってからは、俺もそいつも殴られること自体がなくなった。そして、いつも全身傷や痣だらけだったそいつが、いつの間にか見違えるほど綺麗な肌になった。この姿は俺が守った証なんだと、誇らしく思った。
もっとたくさん助けたい。たくさんの人にとっての英雄になりたい。そう思った俺は、レスキュー隊を目指すようになった。
2020/09/01