君を見つけるまで 


数日間に渡る出張に同行した。だいぶ遠くの地域で、飛行機で移動して且つ、普段の車移動と変わらないようなタイトなスケジュールだった。帰りの便の時点で流石に体力が限界で、家に着いたらすぐに自分の部屋に向かい、ベッドに顔面からダイブした。
そしてようやく落ち着いてきて、瞼がくっついてしまいそうになった頃、部屋の扉が開く音がして、誰かが入ってきたことに気がついた。きっと僕の帰宅を察知した君が、部屋に来てくれたのだろう。そう予想して、僕は今し方思いついたことを口に出してみた。

「……膝枕」
「え?」
「膝枕、してくれ」

要望をしたのに、いつまで経っても君がベッドに座らない。様子がおかしい、と思って顔を上げてみると、

「えっと…膝枕してくれる人が、いるのかしら?」

そこにいたのは君ではなくて、親が勝手に決めた婚約者の女性だった。そうだ。最近は君ではなくて、ずっとこの人が来ていたのだ。

「……寝ぼけていただけだ。すまなかった」
「構いませんよ、膝を貸しましょう」
「い、いや、別に、僕は…!」

腕を引かれて、僕の頭が女性の膝上に乗せられる。君ではない相手の膝枕は初めてで、最初こそ人が変わってもあまり変わりはないのか、なんて思ったけれど、暫くすると違和感が目立ってくる。感触が違うし、匂いも違う。君がしてくれた時と違って、全然落ち着かないのだ。

「もう、いいよ、ありがとう」

すぐに離れて、顔を合わせないように部屋を出た。本当に膝枕をしてほしかった相手である君を、探そうと思ったのだ。
どこにいるだろうか。まだ明るい時間だし、部屋に行くのは母さんに禁止されているから、それ以外の場所から探していく。廊下にはいない。庭にもそれらしい姿は見当たらない。リビングやキッチンも見て回ったけれど、誰もいない。

「すまない、妹がどこにいるか、知らないだろうか?」
「いえ、すみませんが、今日は見かけていませんね…」

ようやく見かけた家政婦の女性に聞いてみたが、残念な結果に終わった。

「でも、珍しいですね、坊ちゃんがお探しになるなんて」
「え?」
「長いこと不在にしていましたから、まだ顔を合わせてないとか?」

そう言われて気がついた。あまりの忙しさで、僕はすっかり忘れていた。帰ってきてから顔を合わせていないんじゃない。出張についていく前から、それどころか、もう何ヶ月も前からのことじゃないか。
君の姿を、ずっと見ていないのだ。





もしかしたら、君の存在自体が幻で、誰も君のことを覚えていないんじゃないか、とまで思った。流石にそこまでのことは起きていなかったけれど、君はどこにもいなかった。
数日かけて君を探した。同じ学校に通っているはずなのに、君がいるはずのクラスには姿はなく、教室の前や校門で待っていても会えることはなかった。庭や家の中も、時間を変えて何度も探しまわったけれど、来る日も来る日も、どこにも見当たらなかった。
探していない場所は、とうとう君の部屋だけになった。ここには、母さんに入室を禁止されてからずっと入っていない。ここに入ったなんて知られたらきっと、怒られるだけでは済まないだろう。最悪の場合、僕か君のどちらかが家を出て、一人暮らしをさせられるかもしれない。いや、既に君は家を出てしまったのかもしれない。そう思うと一刻も早く、君の無事を確認したくなった。
深呼吸をして、扉を開いた。部屋は真っ暗だった。もう夜遅い時間だから、眠ってしまったのだろうか。せめて顔を見たくて、部屋の中へと一歩踏み入れると、

「何しに来たの」

奥から、君の声がした。もうずっと聞いていなかった声なのに、君だとすぐに分かった。懐かしい、けれど今の声は、少し冷たい鋭さを感じた。僕がここに入ることは、母さんの言いつけを破っているのだから、そのせいだろう。

「暫く話してないから、寂しかったんだ」

ここに来た理由を、正直に話す。それで駄目だと言われたらそれまでだ。だからこそすごく緊張する。君が存在することを確認できただけでも、十分すぎる成果だとはわかっている。けれど、僕は君と話がしたい。君をやっと見つけたのだから。

「そうなの?私もちょっと寂しかったんだ」

君はそう言った。さっきとは違う、穏やかで柔らかい声で聞こえたそれは、確実に僕と同じ気持ちでいたという返答だった。すごく嬉しくて、君の声が聞こえた方へ、ベッドへと近づいた。サイドテーブルのランプをつけると、顔を隠すように毛布を被った人影が、ベッドの上に座っていた。

「顔、見せてよ」

ベッドに乗ってさらに近づいて、被っていた毛布をめくった。そこにいたのは、僕に似ているのはそのままに、以前よりもさらに女の子らしい顔つきになった、紛れもない君だった。少し涙目だったのは、目を覚ましたばかりだったからだろうか。それとも、もしかして、僕にずっと会えなくて泣いていたのだろうか。

「あ、あんまり見ないで」

そう言って、また毛布を深く被ってしまった。君の顔を見た瞬間、すごく胸が苦しくなった。でもどうしてだろう。僕たちはさらに同じとはかけ離れて、違ってきてしまったのに、嫌なはずなのに、その顔をまだ見ていたかった。ずっと会えなかったからだろうか。それとも、

「もっと見せて」
「や、やだ、久しぶりだから、恥ずかしい」

君が何故か、とても愛らしく思えたからだろうか。涙目だったから、庇護欲を掻き立てられたのだろうか。

「ずっと、探してたんだ」

毛布を被ったままの君を、毛布ごと抱き締めた。前は体格も同じくらいだったはずなのに、君の身体は毛布を含めても、妙に小さく感じた。

「君がここにいて、本当によかった」





シャワーを浴びた後、君がソファに座ってテレビを見ていたのが見えたので、隣に座って横になった。君の太ももに顔からダイブする。

「また乾かしてない」
「後でドライヤーしてくれ」
「先に拭くくらいはしてよ」

そう言いながら、僕が肩にかけていたタオルで髪を拭いてくれる。それがわかっているから、いつも最短で君のもとに飛んでいくのだ。

「リオは膝枕好きだねえ」
「ふかふかだからな」
「ふかふか?」
「君の太ももが丁度いいんだ」
「それって、私の足が太いって言ってる?」
「そうじゃない。太さは関係なくて、君の感触が直にわかるから、いいんだ」

よくわからない、といった様子で首を傾げている。でも、これが僕の本心なのだから、他の言葉は思いつかなかった。
 
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