1.出水公平
「おねがいこうへいくん、隣に誰かがいないとよく眠れないんだ……」
「そ、そんな甘えるような目で見られても…………」
夜間任務の帰り、作戦室で解散して本部に泊まるか自宅に帰るか悩んでいたところだった。
枕と毛布をそれぞれの手に持って1人でほっつき歩いていたジャージ姿の鷹来先輩を見かけたのでなんとなく声をかけた。
鷹来先輩は元々銃手でC級〜B級あたりをウロウロしてたところを、なんとあの二宮さんが射手にポジションチェンジすることを勧めて現在はB級〜A級くらいの実力があると言われている。ちなみに鷹来先輩は実生活と学業が忙しいという理由で隊を組むことはせず、フリーの隊員として任務や個人ランク戦をこなしている。
そして、いつもとろんとした瞳をしていておまけにおっぱいが大きいから中高生には少し刺激が強い先輩としても有名である。柚宇さんと雰囲気は似ているけど、鷹来先輩の方がぼんやりしていて放っておけない感じだ。
俺と鷹来先輩はポジションが同じというだけあってそこそこ話すしそこそこ仲良しな方だと思う。というか鷹来先輩が色んな隊と合同で任務に当たっているので色んな人と仲が良いイメージだ。
まぁ二宮さんとまともに喋れるくらいだし、コミュ力はあるんだろう。というか、周囲がいつもふらふらしている鷹来先輩に世話を焼いてしまうって感じなのかな。
そんな鷹来先輩が俺のパーカーをぎゅっと握って、うるうるした目で「一緒に寝てほしい」とメテオラもビックリの威力をもつ爆弾発言をかましたので、俺は思わずひっくり返ってしまうところだった。
なんとか冷静になって鷹来先輩の話を聞いてみると、どうやら幼い頃から1人で眠ることが苦手らしい。
曰く、ご家族と住んでいるときは妹や弟と一緒に眠っていたので問題なかったのに、ボーダーの任務が続いていたため連日本部に泊まり込んでいて、寝つきが悪い夜が続いてついに限界がきてしまったんだとか。
だからといって俺に声かけるか!?もっと他に同じ年齢のオペの人たちとか同じポジションの加古さんとかいるでしょうに!!
流石に男子高校生をベッドに誘うのは問題あるんじゃないんですかね!!?
「お、おれじゃなくても柚宇さんとか他のオペちゃんたちとかいるじゃないッスか」
「もうみんな帰っちゃったんだよ〜…残ってるのこうへいくんくらいしかいないよ……」
「う、わあ〜〜…………で、でも……まずいですよ…………その、年頃の男女が……同じベッドで寝るなんて…………」
「…? 一緒に眠ることの何が悪いの……?」
出た!!鷹来先輩の謎倫理観だ!
あんまりはっきり言いたくないけど、この人貞操観念とかないのかな?!
悲しいことにクソ童貞な俺と、こんなセクシーさとかわいさを兼ね備えている女性が同じベッドで寝ることに危機を感じないのヤバすぎるわ。
いや、鷹来先輩からしたら俺のことなんて弟くらいにしか思っていないだろうけど、俺からしたらとんでもない出来事なのだ。
鷹来先輩はますます目をうるうるさせながら俺を見上げた。
「おねがい、一晩だけでいいの……もう何日も全然眠れてなくて……」
「うっ、でも……でも……」
「こうへいくん…………」
「わ、わかりましたよ!!一晩だけですよ、一晩だけ……!!!」
「ほんと?ありがと、こうへいくん」
涙が目のふちから零れ落ちそうになった瞬間、俺は思わず同衾を了承していた。
わかりましたとOKした瞬間、鷹来先輩はパアアッと効果音がつきそうなくらい眩しい笑顔を見せた。ああ、俺は貴女のその顔が見られただけで十分です…………。
俺の腕を引っ張って仮眠ブースに連れて行こうとする先輩に、流石にシャワーくらい浴びさせてくれと言って早足でシャワー室に向かった。
先輩は、遠ざかる俺の背に「005で待ってるね」とおっとりした声で呼びかけながら先に仮眠ブースへとろとろ歩いていった。
そして今、いつもより念入りに身体と頭を洗って、作戦室に置いてあった新品の下着といちばん綺麗だった寝るとき用の軽装で仮眠ブースの005室の前に立っている。
(な、なんかこれ……後から来た方がめちゃめちゃ恥ずかしくね!?!!)
考える時間を中途半端に挟んでしまった分、なんだか余計に恥ずかしくなってきた。すでに頬やら耳やらに熱が集中していて、だいぶ情けない顔になっていると思う。
意を決して扉を開けると、当然ながらロックはかかっておらずすんなりと俺を受け入れた。
「お、お、お邪魔します」
「あれ、早かったね〜」
「そう、っすか」
「うん」
仮眠室はその名の通り仮眠のためだけの小部屋だ。
入室してすぐのところにベッドがあり、あとはその横に椅子と小さなサイドテーブルがあるくらい。壁にかけられた時計は深夜1時過ぎを示していた。
鷹来先輩はベッドの頭の方から伸びる充電器に端末を繋いだままなにか操作していて、枕にもたれて半分寝ていて半分起きているような格好だった。
まだ色気も何もないジャージ姿だったからよかったが、これでなんか脚が出るタイプのパジャマとかもこもこのかわいい系を着ていたらヤバかった。何がって、俺の……俺が。
「こんな薄暗い中でスマホいじってたら目悪くなっちゃいますよ」
「ん〜……でも眠れないから………」
「ほら、もうさっさと寝ちゃいましょう」
後ろ手に鍵を閉めて先輩が待つベッドに向かう。
もう非現実的というか、展開がありえなさすぎてヤケになってきたというか、今の感覚的には賢者モードにも近いかもしれない。
一周回って落ち着いてきた。先輩は1人だとうまく眠れなくて、俺は先輩のためのぬいぐるみに過ぎないのだ。むしろこれは治療みたいなものなのではないか。医療行為。
そう思うとだんだん頭が冷えてきて先輩と眠るくらいどうってことない気がしてきた。俺だって小6くらいまでは姉ちゃんと一緒に寝てたりしたし。それと変わらないだろう。
「こうへいくんの枕こっちでいい〜?」
「おれ枕にこだわりとかないんでどっちでもいいッスよ」
「じゃあこっち〜」
はい、と手渡された枕は仮眠ブースの各部屋に備え付けの枕だった。先輩の枕はやっぱり自分で持ち込んだのか見たことのない枕だった。
それに毛布も自分のものなのか、やけに手触りがよくてあたたかそうなものだった。高そう、というか高いんだろうな。仮眠ブース備え付けの毛布は椅子の上に避けてあって、掛け布団だけ残っていた。
枕を設置してそおっと鷹来先輩の隣に失礼する。ベッドは色んな体格の人でも寝れるようにと大きめに設計されているのが救いだった。
少しだけ距離を置いて寝っ転がると、先輩はいそいそと俺に毛布をかけてくれる。
くそぅ、かわいい。落ち着け俺。心を無にしろ。
「久々によく眠れそう、ありがとね」
「どんくらい寝てなかったんですか?」
「ん〜…ここ1週間くらい?ずっと3、4時間くらいしか眠れてなかったよ〜」
「えっ、それ結構ヤバいやつじゃないスか」
「トリオン体になったらそういうの関係なくなるから全然気付かなくて〜……でも、今日はいっぱい寝れるといいな」
「そう、……ッスね」
「あ、こうへいくん明日なんかある?わたしは何もないんだけど」
「防衛任務ありますけど、夕方からなんで平気ッスよ」
「やった〜、じゃあ10時半くらいまで寝てもいい?」
「はい、大丈夫ですよ」
先輩はふふふ、と小さく笑う。
照れ臭くて横を向くことができないのだが、きっといつものとろんとした目を細長くして猫のように笑っているのだろう。
「じゃあおやすみ、こうへいくん」
「おやすみなさい、鷹来先輩」
先輩がパチンと電気を消す音がした。
隣に人がいると本当によく眠れるらしく、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。きっと本当に限界がきていたんだろう。
俺もそのまま早く寝てしまおうとぼんやり羊を数え始める。いっぴき、にひき、さんびき、よんひき、ごひき、ろっぴき、
「っな、あ、……!?」
突如先輩の手が俺の腕に絡みついてきて、そのひんやりとした冷たさに情けない声が出る。
そうか、先輩冷え性でもあるのかな。それなら余計に眠りにくかっただろう。
ていうか言わせてほしい。
(こ、こんな状況で寝れるわけねぇ〜〜〜……!!!!!)
先輩が無意識に手を絡めてきてから、だんだん距離が近くなってきている気がする。
ついに先輩の髪が俺の首元を掠めて、ついでに謎のめちゃめちゃいい匂いを振りまいていてまるで眠れない。気になって仕方ない。なんですかそのいい匂いは。なんで女子ってみんないい匂いするんですか。
シャワーブース、男女でシャンプー違うのかな。それとも先輩がシャンプー自分の使う派とか?
いや、そんなことはどうでもいいんだ。むしろ考えれば考えるほどまずい。何がって、俺の俺が!!!!
先輩は完全にこちら側を向いて寝ているようだった。だって、すうすうと小さな呼吸音が耳元でダイレクトに聞こえている。聞こえるっていうか、息がかかってる。
手も寒けりゃ足も寒いのか、気付けば俺の足に先輩の足がすり寄ってきていた。なん、なんか触れる部分がやけに柔らかくて、頭が変になりそうだ。
先輩を起こすわけにもいかず、ただひたすら気持ちが萎えるものを思い浮かべる。槍バカ、唯我、太刀川さん、柚宇さんを思い浮かべたらむしろ逆効果なので柚宇さんのことは考えちゃダメ、えーと、アステロイド、メテオラ、ハウンド………………
「おはよ〜こうへいくん」
「……はよございます……………………」
翌朝、鷹来先輩は先に起きていたらしい。
携帯端末を操作しながら、身を起こした俺の方を見てふんわりと笑う。昨晩と変わらずジャージ姿のままだったが、寝癖なのか髪の毛の一部がぴょこんとハネていて可愛かった。
時計で時間を確認すると、11時を少し過ぎたところだった。完全に寝坊だ。
「もうこんな時間……」
「よく寝てたね〜」
「……鷹来先輩は寝れました?」
「うん。こうへいくんのおかげでたくさん眠れたよ」
「そりゃよかった…………」
俺のおかげ。悪い気はしない。
ここまで俺のことを男として意識していないと、逆に気にしすぎな俺の方がおかしい気がしてきた。
普通に横で寝ただけだもんな。マジで何もなかった。
むしろ寝起きなのに頭はスッキリしていて、身体も寝起き特有のダルさがない。いつもより元気なくらいだ。トリオンが漲っている感じ。
俺が顔洗ってきますと言うと先輩も「私もごはん食べに行こうかな〜」とぼやいていたので一緒に仮眠室を出ることにした。
部屋の片付けは清掃員の人がやってくれるから放っておいて大丈夫だ。ただ、先輩は自分の枕と毛布を持ち込んでいるのでそれは流石に置いていくことはできない。
普段どこに置いてるんですか?と聞くと、先輩は自分たちの作戦室を持っている人に頼んで置かせてもらっていると答えた。
なのでどうせ俺も着替えとか諸々取りに行くために太刀川隊の作戦室寄るし、ついでに置いていったらどうかと提案する。鷹来先輩はいいの?ありがと〜と間延びした声で喜んだ。
このあと、作戦室で餅を焼いていた太刀川さんに「なんでお前ら2人して寝起きみてーな格好してんの?」とやけに鋭い指摘をされ、先輩が「さっきまで一緒に寝てたからね〜」と馬鹿正直に答えてしまい大変なことになることを俺はまだ知らない。