― 生きるべきか 死ぬべきか ―
ロンドンばし おちる
― そこへ白いウサギが慌てたていで ―
おちる おちる
― 男は最初の恋人になりたがり 女は ―
『…でなくなった自分を』
― ある日の夜、突然ウェンディーの部屋の窓から ―
ロンドンばし
― どうしてあなたはロミオなの? ―
『…でなくしたお前たちを』
― ぼくの剣のルビーをあそこへ運んでおくれ ―
『その時…は呪う』
おちる
『 お前たちに呪われる覚悟はあるのか? 』
マイ フェア レディ
(………最悪な気分だ………)
普段の比じゃないほどの喧しい夢。
いくつもの声がぐちゃぐちゃ重なり、その中で時折混じるいやに無機質なセリフ。
(こんなんじゃ寝てるって言えないし)
目を開いたというのに起きた感覚がちっともない。ほんっとーに最悪だ!
今までは悪夢とまで行かなかったのに。どうしろって言うのさ、まったく!
「ナナシちゃん…」
「?」
横になったままだと、また嫌な思いをしそうだ。冗談じゃないよ、まったく!
ということで鉛のような身体を動かし、ため息をついた瞬間、ユウリに呼ばれた。
その後ろにはソニアさん。二人とも大きな目をさらに見開き、こっちを見ている。
「え?なに?」
「…う……。うああ〜〜〜」
「!?」
「わ、わたし!誰かに知らせてくる!!」
突然泣き出したユウリ。にビビっているあたしをよそに飛び出していくソニアさん。
状況が呑み込めないあたしは、白い天井を見ながら“あの声みたいだな”なんてぼんやり考えているのだった。
「もう大丈夫でしょう。出血もすぐに止まっていましたからね」
白衣の人たちに質問やら説明やらをされ、疲れ切ったあたしは再度ため息をついた。
確かに怪我をしたことは覚えているんだけど。
「もう一日って…」
念のため明日も入院するようにと言われ、悪夢に続き激萎えMAXである。
貴重な時間が!さっさとキバナさんのところまで行かなきゃいけないのに!
「早くジムチャしたかったのに」
「何言ってるの!?倒れたんだよ!!!?」
「そうだよ…急ぐ気持ちはわかるけど、いくらなんでも危ないって」
「もう元気なのに?」
「元気でも!!!元気かまだわかんない!!!」
ちょ、ユウリなんか凄くない?さっきから。
どうしたんだ、いつもはホップに負けず劣らずの朗らか元気ガールなのに。
「ユウリ、どうかしたの」
心配してくれるのはわかるんだけど、突進でも繰り出してきそうな勢いだ。
申し訳ないがちょっと引いた瞬間、ポロっと口から出た言葉に彼女が固まる。
あれ?あたしなんか地雷踏んだ!?
「…わたしのせいで」
「え?」
「わたしのせいで、ナナシちゃん怪我しちゃったんだよ」
「え?なんでユウリのせいなの??」
破壊行為してた誰かさんならわかるけどさ。
なんでそこでユウリが出てくる、ん、ですか??????
わからん。全然わからんよ。
「だって!」
堰を切ったように、ユウリが話し始めた。
彼女は揺れが起きた瞬間、駆け出して行ったことを後悔しているそうだ。
だってあたしは行くの止めようとしてたから。凄い観察力だな!?
「ユウリのせいじゃないよ。結局行ったのは自分の意思だし」
「でも!」
「怪我したのはビートに突っ込んで行ったからだし」
「でも」
「そもそも悪いのは全部ビートだし」
「……」
いや、実際そうじゃん。やらかしたのはあっちじゃん。
でも良い子って変に責任感持っちゃうことあるんだよねー…多分それだな。
「心配してくれてありがと。でもユウリがしんどくなることないんだよ」
布団に突っ伏していたユウリの泣き声がだんだんと小さくなる。どうやら落ち着いてくれたようだ。
ホップもそうだけどさ、良い子って良い子だから色々持ちすぎちゃうんだよねー
「…ありがとう、ナナシちゃん…」
「うんうん、こちらこそ」
「やさしい…すき…」
「うんうん、あたしも好きだよ」
「大きくなったら結婚しようね…」
「う…んっと、大きくなってから考えようね…」
「そういうところも…すき…」
何やらとんでもないことを言われた気がするが、聞かなかったことにして彼女の頭を撫で続ける。
あたしたちを見守るソニアさんもようやく安心した表情を見せた。ユウリのテンパりに動揺しただろうな…
「ダンデくんにも連絡してるし、そのうち来ると思うよ」
「え゛っ」
ぎゃー保護者(ダンデさん)のこと忘れてたー
こんなんやばいじゃん、絶対怒られるやつじゃん!
「もう来てるぜ」
はい終わった。
「じゃあ、わたしたちは帰るよ」
「明日もお見舞いに来るね!」
「あ、ありがとー…」
ソニアさんが気を遣うのも無理はない。
ドアを開けた時から眉間に皺を寄せていたダンデさんが威圧感を放ってる。
正直二人きりにしてほしくなかったー!絶対やばいと お も い ま し た !
「……」
「……えっと、ダンデさん」
「顔色はいいな」
「え?あ、そうですか」
「出血したと委員長からも聞いていたが」
ベッドの傍に置かれた椅子へどっかりと座るチャンピオン。
ただし腕は組んだまま。表情もいつものような明るさがない。うーん、気まずい。
「軽率な行動をとって、申し訳ありませんでした」
迷惑をかけたのは紛れもない事実。ここはきちんと謝ろう。
ということで頭を下げたのに、当の本人はまだ眉を顰めたままだ。
ええー…ごめんなさいも受け取らないほどお怒りなの……
「…無事で、よかった」
と思っていたら、いつの間にか大きな腕の中。
ダンデさんってこういう時、女の子とハグするのね。意外。
とはもちろん口に出さず、謝罪の意味を込めてあたしも腕を回す。
「死んだらどうしようかと、思ったんだ」
「(極端すぎない…?)このくらいで死にませんよ」
「わからないだろう、そんなこと」
「わかりますよ。へーきへーき」
抱き締める力をさらに強めたダンデさんの背中を撫でる。
ユウリもそうだったけど、バトル才覚ある人ってこう…アレなの?感情の起伏がアレなの?
確かに破片で額を切ったけど、頭打ったわけじゃなくて皮膚が切れただけだぞ?ちょっとの切り傷じゃ人は死なないよ?
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
「……」
よしよし、とユウリの時と同じように慰めていたらふっと顔が上がった。
ハニーなおめめに自分の顔が映ってる。…うん、まあ。包帯巻いてたらちょっと痛々しいかもね。
って。
「この手はなんだ」
「いや。いやいやいやいやいや!?『この手はなんだ』じゃなくて!」
「ここは病院だぞ。静かにしなきゃダメだろう」
「あ、すいませ…じゃなくて!」
この人キスしようとしてたんですけど!?
というかまだ諦めてないんですけど!?抵抗つよっ
「今更どうした、キスなんかさんざんしたじゃないか」
「してない!」
「した。いっぱいした。なんならセックスもした」
あんまりな不意打ちに完全フリーズ。変な汗がどっと流れ出る。
え?この人セックスって言った??セックスしたって言った!?!?
「な…んですか、急に」
「バトルタワーに行った時だ。忘れたとは言わせないぜ」
「な…んですか、それ!ダンデさんあの時そんな夢見てたんですか!いやらし〜」
「まだ白を切るのか。生憎こっちには証拠があるんだぜ」
は?証拠?そんなのあるわけないでしょあたしがあの後どんだけ―――
「さいあく」
「取り乱す君もかわいいぜ」
「うるさい」
もうっ、起きてから今に至るまでほんっとうに最悪だ!
ダンデさん、まさかの証拠、持ってました。
ビデオじゃなかったのがせめてもの救いだね!最悪!
「さて、いい加減布団から出てくれ」
「やだよ!」
「無理やり剥いでもいいんだぜ」
「さいあく」
恥ずかしすぎてもう最悪だよ。
だいたいさあ、未成年との淫行がバレないよう工作したのに台無しじゃん!
「それで?何かわたしに要求ですか?」
「これはあくまで君に事実を認めさせるだけだ」
「はい、認めます。じゃあこの話は終わり」
「無かったことにはさせないぜ?」
「認めたからこの話は終わり!」
「ならキスしてもいいな?」
なぜそうなる!?でもあたしは観念してしぶしぶ了承した。
誰かに見られても知らないよ。今回ばかりはあたしのせいじゃないんだからね!
ちゅ、と軽く触れるだけの挨拶みたいな口付けだ。…ちょっと安心。
「…もう何も隠してませんよ」
「ん?ああ…そうだな」
嘘だけど。まだ秘密あるけど。
なんて思っているせいか大きな瞳はじいっと観察するかのように見つめられて居心地が悪い。
まいったなー何か気付いた系?もう勘弁してよー
「ナナシ」
「はい」
「俺は君を手に入れるぜ。…覚悟しておいてくれ」
いつもと違う低い声音にビビッてまたもやフリーズ。
ハニーなおめめの向こう側で、ギラリと何かが光った。
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