ハッピークリスマス ホップとマフラー


「あ。雪だ」

ホップの声にふと顔を上げると、空からふわりと白い結晶が降りてきた。
どうりで寒いわけだ。それにしてもキレイだなー粉雪ってやつ?

「ハロンタウンにも雪が降るんだね」
「でも珍しいんだぞ!去年も一昨年も降らなかったのに」

ウールーの世話をしていたホップも、思わず手を止めている。
確かに、この町はわりと暖かい日が多い。だから彼も驚いているようだ。

「君たちはモコモコしてて、雪も平気そうだねえ」
「ヌモウ!ヌモウッ!」
「違うのか…」

撫でたウールーにめっちゃ否定された。
その見た目で寒がりなの?ギャップにも程がある。

「ナナシ、早くみんなにご飯あげて帰るんだぞ」
「そーだね。急にドカドカ降ってきたら困るし」

現在、ホップとあたしは絶賛ウールーのお世話中だ。
今日はクリスマス。ごちそうを用意してくれるママの代わりに、家業をお手伝いしている。
ちょうどブラッシングを終えたところなので、ご飯をあげればミッションコンプリートだ。

「ほらほら、順番に並んでくださーい」
「いやご飯は横並びだから…」

そっちかよ。ウールーがお行儀よく整列してるから、順番待ちかと思ったじゃないか。
さすがホップは手慣れていて、テキパキとみんなの餌入れにフードを入れていく。
こりゃあたしの出番はなかったですね。てか相変わらずしっかりしてるなあ。

「よし!じゃあ早く帰りょ…う゛っ」
「だ、大丈夫か!?」

“帰ろう”って言おうとした瞬間、クシャミした。舌噛んだ。
地味に痛い。舌先が普通に痛い。はい涙目。
ホップも慌てて鼻と口を押さえたあたしを覗き込む。

「う〜…クシャミで噛んだ…」
「急に冷えてきたし、ナナシもちょっと薄着じゃないか?」
「だって雪降るなんて思わないじゃん」

あたしは普通のスキニーにロンT、ジャンパーを羽織っているだけだ。
動き回るだろうと軽装備を選んだのが裏目に出てしまった。
ちなみに昨日も着たヨクバリスセーターは、お家に戻ってから着る予定です。

「ほらこれ。貸してやるから巻いてろよ」
「え、でもホップが寒くなっちゃうじゃん」

優しい彼は、見兼ねて自分がつけていたマフラーをあたしに渡そうとした。
その心遣いはありがたいけど、今度は本人が寒くなるじゃんね。

「俺はいいから。風邪ひいたら大変なんだぞ」
「それはホップもでしょ。あたしは襟立てればへーきへーき」
「絶対平気じゃ…いいから、ほらっ」

平行線になると察したらしく、強引に長いマフラーをあたしに巻くホップ。
縮んだ距離の中、ホップの頭はあたしよりも上にある。身長差〜

「あったかーい」

結構長さがあるので、かなり首回りがモコモコだ。でもおかげでもう寒くない。
あたしが温まっているのを見て、ホップもニカッと笑う。

「だろ?それ、ずっとつけてていいぞ」

ふわり、と。
粉雪と同じくらい柔らかくて優しくて。

そのせいだろうか。
柄にもなくセンチメンタルになってしまうのは。

「……うん」
「どうした?」

あたし、意外と表情出るタイプなのかな。
それともホップの観察眼ってやつかしら。
視線を地面に落としただけなのに、ハニーなお目々が心配の色に変わる。

「いや」

ねえホップ。君はとても素敵なひと。イイ男になるね。
それこそ、アニキに負けないくらいの、イイ男に。

「なんていうか」

そしていつか。素敵な恋をするんだろう。
素敵な君に相応しい、素敵な恋を、素敵な誰かと。

「この先」

その時。君がこうしてマフラーを巻く相手は。
君の隣にいる、素敵な誰かになるね。

「あと何回」

それだけじゃない。可能性はいくらでもある。
思春期特有の、異性に対する接し方の変化だとか。

「ホップにマフラー巻いてもらえるのかなって」

身体と共に心も成長していくんだ。
彼はその過程の中にある。
いつまでも同じであるはずがない。
たとえ願ったとしても。

「……」
「ごめん、何でもない」

バカだな。そんな当たり前のこと、どうして今考えるんだろう。
案の定、ホップは大きな瞳を丸くしていた。
何言ってんだコイツって感じだろうな。
同感です。何言ってんだあたし。

「何でもないから。お家帰ろ」

きっと雪のせいだ。寒くなったせいだ。
急に空気がシンと冷たくなって、肺の中までシンと冷たくなったせいだ。
頭を振って、帰り道へと足を踏み出す。

「なあ」
「なーに」

前を向いたままで返事。
ホップの顔はこれ以上見られなかった。

「俺さ、いつまでも巻くぞ」
「え?」

それなのに、ホップの言葉につい足を止める。
振り返った先にある面持ちは、いつになく真剣で。

「ナナシが嫌じゃなきゃ、俺はいつまでもマフラー巻くんだぞ」

意志を秘めた眼差しが、パウダースノーの反射を受けて一際輝く。
―――ああ、ほらね。

やっぱり君は、イイ男になるよ。

「…ホップ!ホップぅー!!」
「うわっ!急に抱きつくなよ!」

猛烈に感動したあたしは、勢いよくホップに抱きついた。
完全なるタックルだが、倒れないあたり意外と力あるよね?好き。

「すっごく嬉しい!ありがとう!」
「べ、別に大したことじゃないだろ」

大したことじゃない、か。
きっと今の君にはそうだろうね。

「いいの!嬉しいの!」

でもそれはね、変化していく“価値観”ってやつ。
大人になるっていうのは、そういうことなの。
かつてあたし自身がその道を辿ったように。

「よし。風邪引かないうちに早く帰ろ」
「ナナシって急にテンション戻るよな…」

呆れたようにしているけれど、あたしを引き剥がさないのがホップの優しいところ。
ほんとにもう!なんて優しい子なんだ!
さすが聖人レベルの優しいお母さんから産まれた子だわ。

「転ばないように気をつけるんだぞ」

微妙に湿りだした地面で転ばないように、あたしの手を取るホップ。
こうやって手を引いてもらえるのも、あと何回だろうね?
でもいいか。
少なくとも今、彼はいつまでもと断言してくれたのだから。

「はーい」

いつかくるその日まで。
あたしはホップにマフラーを巻いてもらおう。



「雪が降ったってことは…あっちにユキハミがいるかもしれない」
「どんな理屈だよ!絶対いないぞ!」

ワイルドエリアじゃあるまいし、少々の粉雪程度で普段存在しないポケモンが現れるはずもない。
それなのに変な自信を持ってどこかへ行こうとするナナシの手を、ホップは強く握り直した。

好奇心旺盛なのは自分も同じなので気持ちはわかる。
だが彼女はとにかく無鉄砲だ。
こうして手を引いてやらねば何を仕出かすことやら。

「いないかー」

ナナシは残念そうにファームを眺めていた。
先程の寂しい表情が嘘のような、いつもの彼女だ。
ああ全く、人の気も知らないで。

「てかホップ寒いでしょ。やっぱりマフラーしなよ」
「大丈夫なんだぞ」
「あ、一緒に巻けばいいじゃん!ナイスアイディア」
「俺の返事聞いてたか?」

会話のキャッチボールが時折成立しないのにも慣れた。
し、彼女のペースに巻き込まれるのもなんだか嫌いになれないのだ。

「このマフラー長いもんね。はい、こーしてっと」
「え…え!?」
「んもう。動かないでよ」

口を尖らせるナナシについ謝ってしまうが、決して自分は悪くない。
踵を浮かせ背伸びをし、不意に近づいてきた彼女の唇に怯むのは当然だ。
早鐘を打つ鼓動。急上昇する体温。やはり自分は寒くない。

「できましたー。ちょっと歩きにくいけど、ゆっくりなら大丈夫よね?」
「た、多分…」
「苦しくない?」
「く、苦しくない、んだぞ…」

よかった、なら行こ!なんて相変わらず能天気にナナシは歩き出した。
今度は彼女に手を引かれる形になる。
長い長いマフラーが、離れないように二人を繋ぎながら。

「ホップは、この巻き方の名前知ってる?」
「…知らない」

本当は知っている。だがどうして口にできるだろう。
そもそも異性に聞くのは遠慮してほしい。
だがこうして口にできるのがナナシである。

「“恋人巻き”って名前なんだよ。あたしが知ってる限りは、だけど」

ああ全く。人の気も知らないで。
彼女はいつでもこうだ。
センチメンタルな顔を、メランコリックな瞳を覗かせるくせに。

「ふ、ふーん。そうなのか」

クスクスとイタズラに笑う。まるで寂しさなんか知らないように。
本当はその腕にたっぷりと抱え込んでいるくせに。
隠すのが上手いのか、あるいは自覚がないのか。

「そうなんだよー多分」

繋いでいる手の指を絡め、“恋人繋ぎ”をする。
特に反応はないので、意味をわかっていないようだ。
彼女はそう、鈍いのだ。肝心なところで。
だからそう、結局のところ自覚がないのだろう。

「ちゃんと覚えておくように」
「その必要あるか?」

“恋人繋ぎ”に力を込めて。
誰も気付かない程のわずかな力。それでいい。
ナナシは、あの日自分が抱いた願いを知らないのだから。

「あるでしょ。いつか使う時が来るんだから!」

ましてやそれを、未だに密かに願い続けている、だなんてことも。

「じゃあ覚えておくんだぞ」

全てをホップは胸に仕舞っていた。
大切に大切に。これは自分の宝物。
大事に、大事に。

「んふふ〜そうだよ。イイ男には必要な知識だからね!」

叶えられなくても構わない。
たとえ無理だとしても、何度だって、あの日の願いを繰り返す。


「わかったわかった。ほら、もう家だぞ」


―――キミの笑顔のその先に、いつだって自分がいますように。



2020.12.25