「あ。雪だ」
「当然でしょう。ここをどこだと思ってるんですか?」
はいはい、キルクスタウンですよ。
相変わらず可愛げのないビートの隣で、あたしはもう一度空を見た。
そりゃこの辺じゃいつもの光景だろうけどさ。
「でもホワイトクリスマスだよ」
「ナナシにも意外とロマンチックな感性があるんですね」
ハンッと小馬鹿にしてくるけど、絶対ビートの方がロマンチックでしょ。
ピンクだしパステルカラーだし男の子だし。
ほら、男の人って女よりも夢見がちでロマンチストじゃん?
あたし知ってるんだから。言わないけど。
「ボケっとしてないで、さっさと行きますよ」
あたしの前を歩くビートを追いかける。本日はクリスマス。
劇団のクリスマス特別公演も盛況に終わり、打ち上げで披露される予定だった特製ケーキを取りに来た帰りだ。
ちなみにケーキを運ぶ役目を与えられたのはあたしだったのだが、なぜかビートも一緒。
道草しそう、という大変失礼な理由であたしのお目付け役を買って出たらしい。いやほんと失礼だな!
そもそも打ち上げ始まってから『ケーキ無い!あっ取りに行くの忘れてたわ…』ってなったのあなたたちですよね!
あたしのせいじゃないし!あたしは純粋なお手伝いでその場にいただけだったのに!
「はーい」
まあそんなのどうでもいいんだけどね。
だってクリスマスのキルクスタウンって想像以上に綺麗だったし。
元々雪が降る所だから、アラベスクタウンとはまた違った幻想的風景が日常にある。
そこをカラフルなイルミネーションで彩った街並みは、いつまでも見ていられるほど美しかった。
うん。やっぱりお目付けビートがいて正解だったかも。
「う〜さむっ」
「手袋はどうしたんですか」
「落としちゃったっぽい」
「何をやってるんですかあなたは…」
ケーキは大きくて重いから、ビートが持ってる。あたしは手ぶら。
だからこそ気づいたのだろう。
そしていつものように呆れ顔で深いため息をつく。
「仕方のない人ですね。これを使いなさい」
歩みを止めたビートは、自分の手袋を片方脱いで渡してきた。
うわっなんだこの手袋!ふわっふわ!めっちゃふわっふわ!
なんでもファンから頂いたものだとか。おいおい、良い生活してるなあ。
「ありがと!って、もう片方はどーするの?」
これ何毛!?ねえ何毛なの!?とテンション上がりそうになるのを抑えて聞いてみる。
借りたのはいいが、つまりビートも片手は素手になっているということだ。
あたしは寒いから温かいに変化したからいいのだが、その逆は辛くないだろうか。
「……」
「ビート?うわっ」
「…こうすればいいでしょう」
「おおー」
「なんですか!」
多分からかわれると思ったんだろう。
キッとこちらを向いたビートは眉間に皺が寄っている。
でも顔赤いよ?かっわいー。
「良いアイディアです」
「…全く、行きますよ」
二人分の手で膨らんだポケット。
ちょっぴり窮屈なのが逆に心地好い。
「ビートの手ぇ冷たい」
「入れてもらってる立場で文句言うんじゃありません」
「文句じゃないもーん。感想だもーん」
「ポケットから追い出しますよ」
「絶対離さないもーん」
せっかくお邪魔できたのだ。追い出されてたまるか!
あたしの意地を見せつけるように、指を絡めて…はい、恋人繋ぎ。
態度と裏腹にビートは握り返してきた。ツンデレは今日も健在である。
「でもさ、手が冷たい人ってその分心が温かいってよく言うよね」
「聞いたことありませんけど」
「え、言わないの!?」
マジかよ!ガラルにはこのフレーズないのかよ!
仕方ありませんね〜それじゃあ教えてあげましょう。
「手が冷たい人は、その分ハートが熱いんだよ。オモテに出てこないだけで」
考えてみると、これほど君にピッタリな言葉もないね。
だってそうでしょ。いつもクールなふりして、めちゃくちゃハートが熱いんだもん。
そんでめちゃくちゃ優しいんだ。ひねくれてるけど。
「そうですか」
他の人なら、素っ気ないってムッとするんだろうな。
でも違うよねー。だって耳まで真っ赤だし、さっきよりも手に力が入ってる。
「そうだよ。ちゃんと覚えておくべし」
「必要ありません」
あのねえ、ビート。
実はあたし手袋無くしてないんだ。
バッチリ持ってる。でも落としたことにした。
だってこうでもしなきゃ、手なんか繋いでくんないでしょ?
「ビートくん、つれなぁい」
そうそう。これは教えないけど。
こんな嘘にはね、別の名前があるんだよ。
「追い出しますよ」
White lie ――― “白い嘘”
「やだー」
雪の降るこんなクリスマス、それこそ相応しいでしょ?
「ああっ、ユキハミが集会してる…!」
「してません!いつも通りいるだけです!」
粉雪がちらつく帰路の中、ナナシはユキハミで頭がいっぱいだ。
あっちにこっちにと視線を動かしつつ、触りたいだのおしゃべりしたいだの。
「いいですか、少しだけですよ!」
「はーい」
テキトウな返事をした彼女は、最初のターゲットを決め広場に足を踏み入れる。
離れるその手を残念がってしまう自分に、ビートは頭を振った。
「クークク」
「かわいい!あいすっす〜?」
「でぃでで!」
「でぃでぃ」
「……」
ユキハミと話すナナシ。傍から見るとなんとも異様な光景である。
彼女は普段から相棒のヌメラにヌメヌメ言っているので、鳴き声で会話するハードルが常人より低い。ようだ。
もちろん、自分なら恥ずかしくてとてもできたものではないが。
「(…あれは?)」
「ひらひら」
「ふんわ!よし、今度はあっちのユキハミちゃんにしよ」
しゃがみ込んでいるナナシのコートのポケットから、何かがはみ出ている。
立ち上がった拍子に落ちてしまったそれは赤い色、真っ白な雪の上でよく目立つ。
「ああもう、忙しない人ですねっ」
悪態をつきながら、ビートは落とし物を拾ってやる。
わずかについた雪を掃っていると、その正体がすぐにわかった。
「ナナシ」
「ククク〜」
「ナナシ!」
「あいす〜…なーに?今ユキハミとおしゃべりしてるんだけど」
「これは何です」
迷惑そうな顔を見せる彼女の目の前に、突き付ける。
最初はぼんやりと眺めていたナナシだが、数回瞬きすると口を開いた。
「あれ?どうしたの、その手袋」
「あなたのでしょう」
「あたしのは無くしちゃったよ」
どうやら白を切るつもりらしい。
この少女は抜けているようで案外手強いのだ。
「へえ、そうですか。たった今、あなたのコートから落ちたんですけどね」
とはいえ、こちらには確たる証拠がある。
現行犯とは少々違うが、ポケットから覗いていたことまで指摘した。
「あーあ、バレちゃった」
悪びれた様子はなく、お得意のイタズラ顔で笑うナナシ。
謝罪や反省を求めているわけではないので、それ自体は構わないのだが。
「なぜ嘘をついたんです」
単純に不思議だった。
彼女はなぜ、手袋を落としたと言ったのか。
こうしてポケットに持っていたというのに、わざわざ寒い思いなどして。
「手、繋ぎたかったんだもん」
「は?」
「だから、ビートと手ぇ繋ぎたかったの!」
レディに何回も言わせないでよね!とプンプンしているが、正直それどころではない。
手を繋ぎたかった?だからわざわざ嘘をついた?脳内で反響する。
「手袋してなかったら、握ってくれるかなって」
「僕が気付かなかったら、意味ないでしょう」
「気づくよ、ビートなら」
だから手袋無くしたことにしちゃった。
失敗したイタズラ、ほんの少し恥ずかしそうにナナシはマフラーに顔を埋める。
そのマフラーを掴む両手のうち片方は、素肌が剥き出しで再び寒さに晒されていた。
手を繋ぎたい、ただそれだけの為に。
「…ハア。ほんっっとうに…あなたって人は……」
「嘘ついてごめんね?もうしなぃ、ゎっ」
また氷のようになってしまったその手を掴む。
さっきよりもずっと、しっかりと。
そう、指の一本一本からも、彼女を温められるように。
「繋ぎたいなら、最初からそう言えばいいでしょう」
ああ、全く。
下手な策など練るより先に、いつも通りワガママに振る舞えばよいものを。
「え?いいの?」
普段は好き勝手するくせに、どうしてこういう時だけしおらしいことを。
「だからそう言ってるでしょう」
そんな彼女も知らないこと。
この日彼も、白い嘘を撒いていた。
「なんと。やったー」
少しでも一緒にいる時間を延ばしたくて。
そんなこと言えるわけもなくて。
寄り道させる為に選んだ、遠回りのルート。
「いい加減戻りますよ。これ以上の道草なんて御免です」
―――キミも嘘をついたのなら、そうこれはお相子さ。