ハッピーバレンタイン


「うわあ…」
「ドン引きしないで。てか最初はしゃいでたよな?」
「だって予想以上ですもん」

目の前に高く聳えるスイーツの山と、同じく甘い物でいっぱいの袋たち。
机に乗りきらずソファにも置かれている始末だ。
お察しの通り、本日は愛のイベント・バレンタイン。

「もしかして毎年こんな感じなんですか?」
「まあな」
「うわあ…」
「ドン引きしないで」
「キバナさま、追加です」
「増えた…」

無情にもリョウタさんとレナさんが、新しい分を律儀に運んでくる。
いやもうよくない?この部屋パンッパンですけど?
キバナさんが圧倒的モテ男なのはわかるが、限度ってものが。

「これ全部食べるんですか?」
「チョコは日持ちするからな。手作りはNGだし」

確かに、有名パティスリーや高級ブランドのチョコも多い。
既製品だから変な物が入っていることはまず無さそうだ。
一応本部の方でもチェックしてるらしいし。

「でも期限短いのもあるから、それを選別して優先する、と?」
「せーかい。話が早くて助かるわ。じゃあ始めようぜ」
「ええ…」
「なんだよ、ウキウキで引き受けただろ?」
「だって予想以上なんですもん」

キバナさんからお手伝いを頼まれ、(色んな意味で)おいしいバイトだ!と二つ返事をしたのだが。
実はかなりの重労働だと判明した瞬間、ちょっとテンション下がってしまった。
もちろん、きちんとやりますよ?お仕事だもの。
でも好きなチョコを前にこの仕分け作業は…うん。

「あたしの細い手首が腱鞘炎になっちゃったらどうしよう」
「その時はちゃんと看病するから、心配すんなって」
「まず腱鞘炎になることを否定してくださいよ!」

マジでなっちゃうレベルなの!?
キバナさんは笑ってるけど、まったく嫌な冗談…

「去年はヒトミがなってたな」

あこれダメだわ。マジでなるやつだ。
心なしかスピードの落ちたあたしに、キバナさんは更に笑い出す。

「そんな警戒しなくてもならないって」
「でもヒトミさん、やっちゃったんですよね?」
「ちゃんと休み休みすれば大丈夫だって」

否定しないってことは、うん。
まあそういうことだな。

「ナナシちゃんは仕方ないなぁ〜?ほらこっち来て」
「え、なんですか」
「分業しようぜ。オレさまが取る専門、ナナシがチェック専門」
「おお〜良いアイディアです」
「だろ?」

バチコーン★とウインクを決めるキバナさん。
こりゃ世の女性はいちころですわ。
贈り物も大量に来たって仕方ないわね。

いや全然仕方なくないわ。
例年のことなら何かしら対策してくださいよ。

「じゃ、こっち来て」
「はーい」

キバナさんが叩く膝の上に遠慮なく座る。
いつものことだけど、やっぱ大きいな〜ドラゴン感半端ない。
ぼーっと眺めているとまたバチコーン★ウインクされた。
紛うことなくイケメンですね。好き。

「最初はこの箱な」
「軽いですね。でもトリュフタイプじゃないから…」

こうして、キバナさんの長い手が次々とボックスやかわいい袋を取り。
あたしが外側の消費期限や中を開けて確認し。
延々と作業を繰り返していたのだが…

「減らない」
「結構やったんだけどな」

減らん。なにこれ全然減らんよ。
地味に疲れ始めたあたしを見て、キバナさんも頬を掻く。

「ちょっと一休みしようぜ」
「そうですね…」
「早速これ食べるか?」
「わーい」

キバナさんが手にしたのは、超人気パティスリーのチョコレートだ。
生クリームをふんだんに使ってある為、早めにお召し上がりくださいと丁寧に記載されている。
普段中々手に入らない上、バレンタイン限定デザインがかわいい!
役得です、美味しく頂きましょう。

「…あ、でも……」
「どうした?」
「…あー…。…やっぱりいいです、キバナさん食べてください」
「エッ!?」

青い垂れ目が大きく開かれる。そんな驚きます?
確かに、いつもなら遠慮なくバクバク食べてるとこだけどさ。

「ナナシがスイーツ拒否するなんて…体調悪い?」
「身体は全然大丈夫です」
「じゃあどうしたよ?マジで」

更に訝しんだキバナさんの視線から逃れたくて俯いた。
そんな自分の手元には、例のチョコレートがある。
想いと共にラッピングされた、素敵なチョコレート。

「ナナシ?」
「あー…その…」

なんか、説明し辛いっていうかね。
こういうこと言っていいのかしら。
柄にもなく躊躇っていると、キバナさんに背中を撫でられた。

「もしかして『自分が食べるべきじゃない』って思ってる?」
「ええ、まあ…」
「オレさま宛のチョコだから?」
「ええ、まあ…ってよくわかりましたね」
「ナナシちゃんは意外とわかりやすいからな〜?」

悪戯めいた表情で、今度はあたしの髪を弄ぶキバナさん。
流石モテ男ですね。女心をよくわかっていらっしゃる。
それなら話も早い。あたしは改めて箱を見つめ直した。

「これ、手に入れるのすっごく大変だったと思うんです」

日頃から並ばなきゃ買えないだの、開店数分で売り切れだの、それはもう大人気のお店。
そこの限定お菓子なんて、本当に瞬殺レベルだろう。
でもこの贈り物をした人は手に入れたんだ。
キバナさんに食べてもらいたい、その一心で。

「…いくらなんでも、部外者のあたしが食べるのはちょっと」

正直めちゃくちゃ食べたい。
でも失礼すぎる。
他人の気持ちを土足で踏みにじるような…ねえ。

それに、あたしだって女なのだ。自分があげる立場だったら?
(まあこれが女の人から贈られてるのかわかんないけど)
とにかく、それを考えると憂鬱になってしまい…

「だから、キバナさんどうぞ。あたしのことはお気になさらず」

せっかくだし紅茶入れよ。
ノーチョコでもおいしい紅茶があれば問題なし!

「ナナシ。はいあーん」
「あ〜…って人の話聞いて…!?」
「やっぱココのうまいな」
「……そうですね」

くっそー!条件反射でいつものように口開けてしまった!
放り込まれる一口サイズのチョコレイト。
てかいつの間に開けてたんだ!?気づかなかったんですけど!

「そういう気持ちはさ、めちゃくちゃ大事だと思うぜ」
「んむんむ(チョコうんま)」
「でもオレは一人しかいないだろ?理想はそうだけどさ、全部は食べきれないわけ」
「んむんむ」
「だからこうして、皆で食べるんだよ。感謝しながらな」

ちょいとばかし無理やりな理屈にも思えるが…
まあ、キバナさんの胃袋がオンリーワンなのは事実だ。

「食べきれず捨てることになる方が悪いだろ?」
「んむ…それはそうですけど」

未だ釈然としないあたしに、またチョコを差し出すキバナさん。
でもやっぱ関係者で頂くべきじゃないか?
あたし完全に余所者なんですけど。

「ナナシも意外と乙女なんだな〜」
「あたしはいつだって乙女ですぅー」
「はいはい。ちなみにコレな、毎年お店からもらってるチョコ」
「!?」

はい!?どういう意味だってばよ。
ポカンとアホ面しているあたしに、それはもう親切丁寧に説明してくれた。

このパティスリーのオーナーさん、いつもリーグ本部と各ジムに配っているそうな。
なんでもジムチャレンジのファン(っていうのかしら)らしい。
そこで運営側に感謝や次回への期待も込めて、必ず届けてくれると。

「つまり…?」
「例年の義理チョコってこと。わかった?はい、あーん」

なんだよそれ〜?だからキバナさんも気軽につまんでたのか。
乙女心を十二分にわかってるこの人にしては珍しいな、と思ったんだよね。

「うまいだろ?」
「おいしいです」
「そうそう。お前はな、いつもみたいに『おいしいですキバナさん大好き♡』って顔でモグモグしてればいいの」
「わかりまし…いや微妙に変なこと言いませんでした?」

聞き洩らしたけど、絶対余計なこと付け加えられてた気がする。
でもあたしの言葉をスルーしたキバナさんは、またチョコを口へと運んでくる。
さてと、背景がわかったことだし、思う存分堪能しよう。
オーナーさんありがとう。そしてリーグ運営ありがとう。

「ところで」
「んむ?」
「ナナシちゃんはいつオレさまにチョコ渡すの?」
「んむえ?ありませんけど」
「ハッッ!?なんでだよ!?」

打って変わって、それとなく責めるような大声にちょっと怯む。
いやだってあたしガラルのバレンタイン事情知らなかったし…

「普通は男の人から女の人に贈り物をするんじゃないんですか?」
「どこの“普通”を指してんの…?バレンタインと言ったら愛の告白、チョコレートだろ…」
「ええ…てっきり赤い薔薇を差し出してアイラビュ!とかそういう日だと」

違ったのね。というかガラルの文化、未だに謎すぎる。
お餅無いくせに姫はじめあるし、ハロウィンはあるし、ピーマンめっちゃ苦いし。
あっちこっち混ざってません?カオス。混ぜるな危険。

「マジかよ、キバナすげえショックなんだけど」
「ええ…でもこんなにあるし…今更あたしからチョコいります?」
「いるよ!いるでしょ!」
「ええ…」

ダメだ。完全に拗ね拗ねモードになってしまった。
口を尖らせてご機嫌斜めアピールのキバナさん、やばいめっちゃかわいい。
自分のイケメンさをわかってるんだもんな〜あざとい。好き。

「じゃあ…チョコの代わりに、キバナさんのお願い1つ聞きますよ」
「マジで?」
「マジです」
「エッッロいのでもいい?」
「多分そうだろうと思いました」

潔いなこの人…!
しかもこんな発言してるのに、真顔のイケメン具合は変わらない。
美形は強いわね。てか何をお願いしてくるんだ。

「スイーツプレイしたい」
「はい?」
「正確には生クリームプレイ」
「はい?生クリーム…は??」
「大丈夫、プレイ用のはもう買ってあるから」
「待ってください今あたしは何を聞いてるんだ??」
「『あまぁ〜いナナシを召し上がれ♡』みたいな」
「落ち着いてくださいキバナさん、いやあたしか?」

ダメだ、情報量が多すぎる!全然追いつかない!
それなのに目の前のイケメンはニッコニコで何やら嬉しそうだ。
こっちは混乱してるんですけど?一度整理させろ!

「首にはリボンな。ナナシがバレンタインのプレゼントになるんだろ?」

待て待て待て。物凄くやばい方向に行ってる。
こんなことになるなら素直に答えなきゃよかった。

「あっ、今からチョコ買ってきますね」

最初からキバナさんの腕の中にいるのだ、逃げられるはずがない。
案の定腰をがっちり掴まれて、おまけに逞しい両足で太ももを抑え付けられる。

「だーめ」
「っぅ…♡」

ガリ、と強めにうなじを噛まれてゾクゾクしてしまう。
何度も繰り替えされ、あっという間に意識がトロトロに溶けていく。

「続きは後で、な?」
「ぅ…ぁ、は、ぃ…♡」

軽い痺れに負けたあたしを意地悪く笑うその顔には。
バトルの時と同じ、獲物を捉えたドラゴンの眼が浮かんでいた。




2021.02.14