「ポプラさん、そろそろ戻してくださいよー」
「そいつはあんた次第だね」
「ええー…」
よく晴れた日の昼下がり。
キレイになった庭の片隅で、ナナシさんは誰かとお茶をしていました。
「ナナシ、棘で怪我を…おっとすまない、来客だったか」
「あらダンデさん。この方はポプラさんですよ。あたしの大先輩」
やって来たダンデさんに紹介するナナシさん。
貫禄のある大魔法使い・ポプラさんはなんと呪いをかけた張本人。
なんでもナナシさんがポプラさんの弟子にちょっかいをかけ、罰として弱体化されたそう。
「あたしの弟子に手を出さなきゃよかったんだよ」
「ナナシ……」
「あっ、薬箱取ってきまーす」
過去のオイタにも眼を鋭くさせるダンデさんに、ナナシさんは慌ててその場を離れました。
その背中が完全に見えなくなってから、ダンデさんはポプラさんに向き直ります。
「わざと怪我までして、あたしに何か用かい」
「話が早くて助かるぜ。ナナシを元の姿に戻してくれないだろうか」
ダンデさんは言いました。
今のナナシさんには自分がいる。
男と寝て遊ぶような生活は絶対させない。というか許さない。
本人だって一応反省している、だから。
「彼女の呪いを解いてほしい」
「呪い、ねえ。そんなものかけちゃいないよ」
「は?」
たしかに、ポプラさんはちょっとしたお仕置きとして少女返りの魔法をかけました。
ですがそれはせいぜい3ヶ月持てばいいレベルの“おまじない”。
「あんなもの、何年も続く呪いになんてなるわけないんだよ」
「ならどうして…?」
「あのコが望んだからさ」
昔からそうでした。
変わらないものが欲しい。
変わってしまえば何かを失う。
変わらないものが、欲しい。
昔からナナシさんはそればかりを願っていました。
「だからあのコはバラを育てられずにいる」
愛情込めて育てたバラが美しく咲く。
けれどいつまでも咲き続けることなどできません。
その後は着実に枯れて行く。
ナナシさんにはそれが耐えられないのです。
「けどね。バラが枯れるのは次へ生命を繋ぐためだ。何も終わっちゃいないよ」
ナナシさんも頭ではそれを理解していました。
けれどやはり受け入れられず、結局変わらないことを願うあまり、自分で自分に呪いをかけてしまったのです。
変わらなければ何も失わない。
そんな苦いおとぎ話があると信じて。
「だが、あんたのような男に捕まったのならもう心配はいらないね」
「え?」
「ああいう逃げ癖の手練れには―――獣ぐらいが丁度いいのさ」
「あれ?ポプラさん帰っちゃったんですか?」
「さっきな」
「ええー…んもう、また戻してもらえなかったよ」
ナナシさんはぷんぷんしながら手当を始めました。
消毒液のニオイ、清潔なガーゼ。
「最近、怪我多くないですか」
「ん?ああ、そうだな」
真面目に傷口を見るナナシさんに、腹の底から笑いたくなるのを我慢するダンデさん。
知っているのです。この程度の怪我なんて魔法であっという間に治せることを。
「毒がないとはいえ、気を付けてくださいよ」
無意識、無意識、無意識、無意識。
無意識に失うことを恐れるナナシさんは
無意識にある日自分で呪いをかけて
無意識に今やダンデさんの愛情を求め
無意識に触れたがるようになっています。
「どうかしたんですか」
何一つ自分では気付いていないナナシさんが、ダンデさんは愛おしくてたまりません。
「フフ、何でもないぜ」
「?」
温室がバラで満たされるのは、もうすぐ。
その時ナナシさんの呪いが解けているのかは、ダンデさんだけが知っていることでしょう。
「なあ、キスしてもいいか」
「ダメって言ってもするんでしょ…」
とあるお城で起きた、ちょっぴりイビツな美少女と野獣のお話。