「月が綺麗ですね」
「月が綺麗ですね」
私がそう言えば隣を歩くゾーヤはつられたように空を見上げた。
全てを圧し潰しそうなほどの存在感を放つあの天体は昨日よりも丸いかたちをしているはずだ。
あの満ち欠けを私はあと何度観測することになるだろうか。今日が最後かもしれないし、明日かもしれない。一年後か、それとも十年後?
月は周期的に姿を変えながら私たちを見下ろしている。その柔らかな光は何も与えはしない。善も悪も、繁栄も滅亡も、全ては些事だとでも言いたげに。
私がゾーヤと出会ったのは今日のような満月の夜だった。天に掲げられた月すら砕くような彼女の姿に私は世界が変わる日の訪れを確信した。そして、月だけがそんな私を見ていた。
「遠回りして帰るか?」
彼女の言葉に同意するように私は身を寄せる。
冷たい光だけが私たちを見ていた。back>
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