「月が綺麗ですね」
「『月が綺麗ですね』」
すると夏音は読んでいた漫画を閉じて大きくため息を吐く。そして、「捻りがない」「カビついた表現」「そもそもあの文豪はそんなこと言ってない」と次々と駄目だしをしてくる。いったい何がそんなに気に食わなかったのだろうか。
彼女の趣味からしてこういった定型文を使った遊びが好きだと思って話を振ったのだが間違っていたらしい。
私程度の頭脳の人間が彼女と共有できる話題は限られている。新たな切り口を見つけるのはなかなかに難しい。
さてどうしようか、と私が次の話のネタを考え込んでいると夏音は自信ありげな表情を浮かべた。自分の方がより良いアイデアを出せるのだと眼鏡の奥の瞳がきらきらと輝く。
「『月だって撃ち落としちゃう!』」
それはちょっと情緒が足りないんじゃない?back>
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