「月が綺麗ですね」
「月が綺麗ですね」
昼前から降り続いた雨の勢いは衰えず、まだ止む気配がない。月はおろか星すらも見えるはずもないのだが私の唐突な言葉にラングリーが小さく笑う気配がする。
雨に濡れた私の体は急速に体温と自由を失いつつあった。だが、その重い体を支える彼女の腕はひどく暖かく心地よくすらある。冷血の女王であっても人間であることに変わりはないのだと今更ながら実感した。
けれど、月も星もラングリーの顔さえ今はもうよく見えない。体に落ちる大粒の雨の冷たさと彼女の体温だけが私を現実に引き留める僅かなよすがだ。
「月は、昔から綺麗だったよ」
彼女の唇の動きを見ることができたならば、最期にその言葉を受け取れただろうか。
少しだけ、雨が暖かかった。back>
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