180キロ

2018/06/10

一二三紺と王路巧
排気ガスの香りが広がり、首元を小刻みに揺するような低く重たいエンジン音が地下にこだまする。
運転席のギアそばににキーを放ると、腕を伸ばして、特にごみひとつ落ちていない助手席と後部座席を軽く払って顔を上げた。
「おいで」
一二三はその言葉にすぐに反応せず、ほんの一秒ほどその場に硬直した。小さく一歩踏み出すのを見届けると運転席へ身を沈めた。

ドアをしめ、革張りのシートに一二三の体が埋まるのを一瞥すると王路はサイドブレーキをおろし、ギアチェンジして車は滑り出した。シートベルトを閉めながらギアに置かれた指が離れ、ハンドルに添えられるのが一二三の目に入る。それはヴェールを払う新郎のような軽やかな移動であったが、軽薄で薄ら寒さを感じ、視線を剥がした。王路の顔を見ないように助手席側の窓ガラスに額をつけて、唇を引き結んで外を眺める。
外は夕暮れで西陽が眩しい。特に会話もなく、木更津市内を抜けてアクアラインの上り線にさしかかる。喉が渇き始めた。
両脇には海しかなく、真っ直ぐに伸びる道を、王路は日頃のとおり、アクセルの微調整のみで進む。隣人の様子を確認がてら、走行車線に戻るために助手席側のサイドミラーをみた。躊躇いなく加速していく車体はあとすこしで180キロをマークしようとしている。

 
story 
前へ次へ