酩酊

2019/04/01

はじめとたくみ
「ね、もうすこしあそぼうよ」王路巧の口から耳元にまとわりつくような甘えた声がする。ガラスのローテーブル上に開けられた琥珀色の酒瓶は半分ほど減っていて、アイスペールが汗をかいて卓上に水溜まりができていた。「片付けろよ」「ん*、あそんだあとでね?」ね、あそぼ、と園崎一のほうに伸ばされる指先をぴしゃりと払うと、コートをその手でコートを掴んだ。
「どこいくの?」「かえる」呆れた声で宣言した園崎を見つめてから、まさか受諾されないとは思っていなかったとでも言いたげに王路は目を瞬かせると、「やだ」と短く言う。「ねぇ、はじめくんかえらないで」「かえる」「はじめ」「か、え、る」
酒に濡れた目がずっと細められ、甘えた声音から不貞腐れた声色に変わる。
「帰るってどこに?」ここだってはじめくんのマンションでしょ、と口元だけで微笑んだ。
「自宅に」酔ってるのか、鬱陶しい、と感じているのを隠さずに眉をひそめて溜息をつきつつも、園崎は律儀に答えたのだった。
王路は開きかけた口を1度閉じると、アイストングに手を伸ばしてコロリとコップに放り込んだ。
「……、そう。じゃあ帰れば」視線を外してぶっきらぼうに言い放つ。カチコチと秒針が進む音とカラカラと酒と氷が絡む音が響いた。園崎は目だけで見下した。屁理屈と減らず口が絶えない王路はいつもなら、勝手な理屈をつけて帰るなと懇願しただろうが、今回はするりと引いてみせたので、園崎はどんな顔か見たくなった。滅多に見せない、あのにこやかでない表情か、と。
ソファの脇に鞄と外套を置き、腰をかけなおす。
「タクミ、」呼びかけるとニコリともしない顔が園崎一の方へ向けられる。「帰るんじゃなかったの」「気が変わった」
ふぅん、と品定めするように鼻を鳴らしてから王路はマドラーを回した。カラリ。そのまま黙ってグラスを差し出した。飲めば運転できなくなる、帰らないなら飲めるだろうと踏んでのことだった。座りかかって無表情な眼差しが園崎一に注がれる。

 
homo 
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