排他的関係 - 春風
因縁尽きの遭逢

「ねぇ、阿伏兎。今回の監査って何するの?」
「…ハァ?」

第七師団の主要艦体は、太陽に程近い位置にあるとある惑星の船着所へと停泊していた。当然と言うべきであろうか、その地表面には非常に強い太陽光が降り注ぐため、地面はカラカラに干からびてひび割れており、植物の芽のひとつすら生える気配もない。乾いた風が微かに吹く度に、ぱらぱらと砂礫が巻き上げられる。
およそ動植物が生きることができるとは到底言い難いであろうその地に、神威と阿伏兎の二人は、番傘とマント、包帯を体中に巻いた日光対策を万全にした姿で立っていた。

「オイオイ団長…今さら何言ってやがる。頼むぜ」
「なら聞くけど、阿伏兎。あんなアホの言ったことを俺が聞いているとでも思うの?」
「開き直ってんじゃねぇ、このすっとこどっこい」

二人が今この生命体が生息するはずのない地に立っている理由は、春雨の元老院からのとある任務のためであった。
団長とは思えぬ神威の身勝手な言い分に、阿伏兎は深々と溜め息を吐いた。


「ったく…」

──遼寧りょうねい。その巨大な戦艦に住まう者共が、我々春雨を攻撃せまいと画策しているようである。その者共の動向を探り、必要とあらば殲滅せよ。

つまり、まずはその艦隊を査察する為に、第七師団のツートップが足を揃えて出向くことへとなったのである。だが、いざ来てみると、そこは夜兎の二人にしてみれば、地獄とそう大して変わらぬ辺境の地であった。


「ここに十四時に迎えが来るってことらしいが…」
「──来た」

神威の蒼昊そうこうの瞳が、ぎらりと犀利さいりに光った。
数百メートル先に見えた、小さな人影。強度と遮光性に優れていることで有名な軍事用に開発されたゴーグルと、顔を中心に全身に分厚く巻かれた包帯。丈夫な布地の藍色のマントをすっぽりと被っている。そして、中でも何よりも目立っていたものは──神威や阿伏兎のものよりも一回りもふた回りも大きな、紺色の番傘。背中に背負われた異様な存在感を放つそれが、その人物が紛れもない夜兎だということを示していた。
その人物は間もなく、ゆっくりとした歩調で二人の前に現れた。


「へぇ。君が、そうみたいだね」
「…ああ。私が遼寧の艦長の蘭だ」
「!!」

その威圧感と風貌から予想だにせず、その声色は妙齢の女あった。
神威と阿伏兎は二人とも、総督からはほぼ何の前情報も聞かされておらず、相手がどのような人物であるか、種族況してや性別すら全て知らされてはいなかった。いや──それ程までに、その艦隊は春雨にとっては未知であり、知らせる情報すらなかったのである。だからこそ、総督方も一番戦力を有している第七師団へと任務を依頼したのであろう。

「…お前さん、よくこんな星に住んでいられるな。夜兎には辛いだろう?」
「私たちは基本、全員が艦内で生活している。それに、長い期間同じ星には停泊しない。ここはただの仮住まいだ」

──何処か感じるこの既視感は一体、何だろうか。
神威はその相手を見据えながら、一人沈思黙考していた。

夜兎族は、戦闘を好む。親殺しという独特の古い風習を持つ。だからこそ、相手が強者きょうしゃであればあるほど、その血は滾るのだ。幾多の戦場を生き抜き、誰よりも数多くの敵を相手にしてきた神威だからこそ、血の匂いには鋭敏である。
その神威が、何かの違和感を覚えたのだ。この女の夜兎と、何処かで会ったことがあるような。だが、相手に全く見覚えもないし、その声に聞き覚えもない。──漠然としたその疑問が解決するのは、まだ暫く後のことであった。


沈黙していた神威は、ふと気が付いたように明るい声で女に尋ねた。

「あ、俺ら武装解除しようか?」
「必要ない、傘くらい構わん」
「…へぇ、随分と自信があるんだね」
「自信ではない。事実だ」

熟練の夜兎同士が対峙した際に特有の、ピリピリとした緊張感がその場に漂う。肌に直接感じる禍々しい殺気に、相手が神威と同等程の強者であることを否が応にも感じ取った阿伏兎は、たらりと人知れず冷や汗を流した。
同族との殺し合いはなるべく避けたい阿伏兎、しかも相手は今の時代においては珍しい、女の夜兎である。

「お二人さん、それくらいで勘弁してくれや。俺たちゃここに喧嘩しに来た訳じゃねーだろ。それに、ここに長くいると体に毒だぜ」
「…はいはい」
「…そうしよう」

阿伏兎の仲裁に、二人はゆっくりと殺気を仕舞い込む。マントのバサッという音と共に女は颯爽と身を翻すと、視線だけで二人を流し見て、粗野な口調で言った。


「…こちらだ。ついて来い」

そう言うなり、高速で移動を始めた女に、神威は口角を釣り上げた──面白い。
久し振りに出会えた強者ツワモノに、体中に血液がみなぎるのを感じていた。

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