ピンク



 彼の一言は、アステールにとっていつも突拍子なものであった。

「アステール! さっき道端で綺麗な花咲いてたからやるよ!」
「ミツヨシさん…………花、ですか」
 ぱちくりと瞬きをするアステールの目と鼻の先に突き出されたのは可愛らしい花だ。
 アステールはふとその表情を緩めると、彼の掌を包むようにして花を手に取った。
「ありがとうございます、嬉しいです」
「男が花なんかもらっても嬉しくねえと思うけどさ……」
「そんな事ありません。花に罪はありませんし、頂ける物は何でも嬉しいです」
 慇懃な口調で言葉を紡ぐアステールに浮かぶのは穏やかな笑顔で、心から喜んでいるのだろう。
 ミツヨシもそれを感じ取ったのか照れ臭そうに後ろ頭を掻くと、所在なさそうに視線を泳がせた。
「ミツヨシさん、こんな言葉を知っていますか」
 ふと、彼女の口調がにわかに固いものとなる。
 彼女――ミツヨシにとっては彼であるが――がこうやって声色に変化を伴う時は、大抵ミツヨシへ説教する時か、難しい話をする時である。
 生憎ミツヨシに説教されるような事は今のところ思い当たらなかったので後者だと判断し、なにが、と知らぬ振りで返す。
「男は度胸、女は愛嬌。昔から伝わることわざですね、韻を踏んでいてとても素敵だと思います」
「おれもそれくらいなら聞いた事あるよ」
 自慢じゃあないが、学校に通っているからな!
 無意識に顔に出ていたのはさておき、それなんですが、と彼女の話は続くらしい。
「僕もミツヨシさんに渡したい花があったんです」
「え、まじで」
 素直に嬉しい。思い通ずるというか、友達と考えが被るのは素直に喜びたい。嬉しい。
 いそいそとアステールが取り出したのは、薄い透明なラッピングが施された一輪の花だ。摘み取られたミツヨシの花と違い、花屋できちんと購入されたらしい丁寧な代物だった。
「サザンカ、というのですよ」
「へえ」
 でもなんで、さっきのことわざと花が繋がるんだ?
 純粋な疑問に、目の前の黄色のインクリングは微笑んだ。
「君に何かお礼をしたかったんです。兄を探そうと言ってくれて、ずっと手を尽くしてくれたでしょう。だから、何か形になるもので一度お礼を言いたかった」
「別にいいのに」
「僕が構うのです。それに、君なら花でも大事にしてくれると思った」
 勿論、捨てる気も受け取り拒否する気もありはしない。
 アステールもそこを疑っているというよりはほぼ確信に近い口調で進めているらしい。
「何か素敵な花はないかと立ち寄ったところ、その花に出会ったのです。店員の女性が教えてくださいました、ピンクのサザンカの花言葉は『愛嬌』だと。色んな人に愛される君らしいでしょう?」
「買い被りすぎじゃね……」
 あまりに真っ直ぐな目で見つめられては照れるというもの。
 他人を振り回す自覚のあるミツヨシだが、彼女の純粋な目には振り回されっぱなしなわけで。
「あ〜……っていうかゴメン、この後ミツタダと買い物行く予定あったんだった、たまたまアステール見かけたから引き止めちまったけどおれもう行かなきゃ……」
「いいえ、お気になさらず。お買い物楽しんできて下さいね」
「また今度遊ぼうな!」
 兄探しはやめてさ!
 それだけ言い残すと脱兎の如き勢いで駆けだしたミツヨシの背中はすでに遠く。
 この後どうしようか、と考えたアステールの爪先は自然と図書館に向かっていた。


 気にならないといえば、正直嘘である。
 これはただの好奇心。興味本位で調べているに過ぎない。
 アステールの指が本の背表紙をなぞり、少し厚めの本を抜き取った。表紙には「よく分かる花言葉300」の文字。
(花言葉の話をしたせいか、頂いた花の花言葉が気になってしまうのは仕方ないですよね)
 ミツヨシが花言葉を考えて『似合う』と贈ったのかは不明だが、花の名前も言葉も可能なら知りたいのである。
「えっと…………」
 カラー写真付きの図鑑を、巻頭から丁寧に目を通していく。
 幸い一致する花はすぐに見つかった。アネモネ、という花らしい。
「花言葉は……」

 ――彼に悪意というものが果たして存在するのか、常人にはわからない。
 アステールも本来の身分は違えど感受性や思考回路は常人のそれである。
 だから、彼が意図して「それ」を渡したのだと信じたくはない。否、信じられない。

(花言葉、は)

 別れ際の彼の声色は、どこか楽しそうだった。
 アステールはそれを次に遊ぶことを楽しみにしてくれているものだと思っていたが、もし――もし、そうではなく、他意があったのだとしたら。





アネモネ:消える希望

__________________________________________________

他意があっても無くてもミツヨシくんがすきだけどちょっと黒いミツヨシくんもどこかの世界線にはいるはずです。すきです(寝言)