明日を語る星の子たち



 のんびりと与えられている本に目を通していると施設の係の人が私が割り当てられている一室の前にやってきて面会者が来たことを告げた。

 誰が私の元へやってきたかというのはなんとなくわかっていた。係員から面会希望者の名前を聞いてやっぱり、と気持ちがふわふわしてくる。机に置いていたミラーで前髪を軽く整えて自分の身なりが問題なさそうなのを確認してから私は部屋の外へと出た。本当はもっとちゃんとした格好をしたいところだけれど場所が場所だからしょうがない。私はあくまで収容された身。今はそういうのを楽しめる身分でもないのだ。

「こんにちは、名前」
「灼くん!」

 面会室に通されるとスーツの男の人が私を待っていた。心臓が跳ねる。思わず頬が緩んでしまい駆け足で私は中央に置かれている椅子に腰かけた。

「どう?調子は」
「私がどういう状況かはデータを見てる灼くんが一番わかってるでしょう?」
「まあそうだけどね。おれは名前の口からどうか聞きたかったんだ。話さないと伝わらないことだってあるんだよ」
「ふふ、灼くんらしい。…体調も良いし色相も綺麗になってきてる。犯罪係数も平常値になったんだ」

 一度更生施設に入ったものが再び一般人として外に出るなんてことはほぼないに等しい。潜在犯になってしまった人の大体は一生を此処で過ごすか何かしらの仕事、例えば執行官などに就くことで縛られた自由をもらうしかない。

 けれど私は諦めたくなかった。なんとしても外に出たい。また普通に生活がしたい。そう思うようになって日々メンタルケアに取り組んできた。その成果がようやく出てきたのか犯罪係数が先日二桁になってこの調子が続くのであれば社会復帰もできる、と判定されたのだ。この結果を知った時どれだけ嬉しかったことか。

「名前が頑張ったからだよ。おめでとう」
「…灼くんのおかげだよ。ずっと此処に来て私のこと励ましてくれたから」
「おれはただ此処に来て話をしていただけだよ。特にこれといって何もしてない」

 灼くんはそうやって言って笑っているけど私にとってそのお話が心の支えだった。独りぼっちの私を灼くんは支えてくれた。学校のお勉強が忙しい時でも就職先の訓練があると言ってた時でもかならず顔を出して私にいろんなことを教えてくれた。私がこの中で勉強したこともたくさん聞いてくれた。親身になっていろんなことを私にしてくれたからこそ私は此処まで頑張れたのだ。

 ゆるゆると首を横に振る。そんなことない、灼くんのおかげだ。もう一度それを伝えてからお礼の意味も込めて頭をさげれば灼くんはふにゃりといつもの笑みを浮かべてくれる。

「名前は出たら何するか決めてる?」
「えっと…うーん、いっぱいありすぎて、伝えるの難しいな」
「そんなにあるんだ。例えば?」

 灼くんがそうやって聞いてくるので私は手を伸ばす。私の手は灼くんに触れることはできず一枚のガラス板が私達の接触を阻んでいた。触れたガラス板はつめたく何度か指で軽く叩けばばこつこつと爪がガラスにあたって音を立てた。

「灼くんとお出かけがしたいな」
「おれと?」
「可愛いお洋服を着て、美味しいご飯を食べて、綺麗な景色を見て…此処じゃできないものをとにかく灼くんと一緒に共有したいの」
「いいね。どれも楽しそうだ。おれも名前と出かけたいな」

 私が手を伸ばしたのを見て灼くんも同じようにガラスにぺたりと触れてくる。ガラス越しだけれど灼くんの手と私の手が重なった。後数日頑張れば、私はこの手に触れることができるのだ。一体何年ぶりになるんだろうか。そう考えるとそわそわとしてしまう。

「…あと。灼くんの話も聞きたい」
「おれの?」
「此処だと私が話してばっかりだったから。落ち着いたところで灼くんの最近のことを知りたい」

 いつだって灼くんが話してくれることは楽しい話ばかりだった。でも私が部屋に入る前とかに寂しそうな顔をしたり少し疲れた顔をしていたのをこっそり見たことがあったからいろいろ抱えてるんじゃないかな、って思う。彼なりの気遣いをずっと肌で感じていたからこそ外に出たら今度は私が力になりたいと思った。私に独りじゃないと声をかけてくれたように灼くんもまた独りじゃないということを伝えたかった。

「…そう、だね。いろいろ話そうか」
「私じゃ頼りにならないかもだけど。でも何か灼くんの力になれたらなって思って…」
「…名前はね、十分すごいんだよ。おれは名前と話すとすごく元気が出る。炯や舞ちゃんと話しても楽しいけれど名前は特別だ」
「…そうなの?」
「うん」

 灼くんはガラスを優しい手つきで撫でる。触れられないのが惜しい、というような表情をしていてそれはいつもの笑みとは違う儚い顔できゅんと胸が締め付けられた。

「…外に出る時は迎えに来るから」
「ありがとう」
「こちらこそ。…戻ってきてくれてありがとう」

 ちょうど係の人が時間だと告げに部屋に戻ってくる。灼くんはガラスから離れるといつもの優しい表情に戻って「またね」とゆっくりと手を振ってくれた。私もそれに小さく頷いて手を振り返す。

 施設内に戻るときにふと自分の手を見た。早くあの手のぬくもりを感じたいな。その日が遠くないことを私は知っているからつい頬が緩んでしまう。彼のあったかい手に触れるまであと。



20200328 好きな子が外に出るためにメンタルケアをしてあげる灼くん。多分両片思い。