飼い殺された劣情



「新曲のMVすっごいかっこいいよね」

 部屋の大画面テレビで見たいものがある、なんていって名前が再生し始めたのはTRIGGERの新曲(初回限定盤)についているMVとメイキング付のDVDだった。街中や店内で自分たちの曲が流れているなんていうことは有り難いことに日常茶飯事だから慣れつつあるのだが自分の部屋で聞くことになるのは少しだけむず痒い。しかし彼女の我儘にはどうしても甘くしてしまう自分は結局それを拒めなかった。

「まあどの曲もかっこいいから月並みな感想だったけど。それにしても天ちゃん素敵だな。メイキングの時に時々カメラに手を振ってくれるのかわいい。かわいくない?」
「お前ホント天好きだよな」
「推しだよ推し」

 嬉しそうに画面の天を指差して話している名前。目の前にメンバーいるのに堂々と他のメンバーが推しと言える度胸はなかなかなものだ。まあ嘘偽りない反応をしてくれるのがコイツのいいところでもある。

「楽もかっこいいけどね。でもほら、普通の楽の事も知ってるじゃん?ギャップにふふってなっちゃうのよ」
「…しょうがないだろ、そういう路線なんだ。それに関しては龍も天も一緒だろ」
「んん、確かに」

 TRIGGERのいちファンでいてくれている名前だがメンバーの本質を彼女は知っている。俺の幼馴染であるという理由で何度か話したことがあるからその際に画面で見るこいつらと現実は違うことについては予め教えていたのだ。初対面の時に「いや!でもギャップがあるって私からしたらときめく要素に追加されるんで何の問題もないしむしろグッドです」とか訳の分からないことを言っていた。割と拗らせると面倒くさそうなオタクなのだろう。
 俺の言葉に名前は納得をみせる。「でも天ちゃんはそのままじゃない?」なんて付け足すものだから俺は噴き出してしまった。

「あの冷血ハリネズミがそんなわけないだろ」
「えー。でも昨日来てくれた時は天ちゃん優しかったよ」
「は?なんで会ってんだ」
「一昨日みんなでうちに遊びに来てくれた日あったじゃん?あの時に天ちゃんキーケース忘れていっちゃって。連絡したら時間見つけて取りに来てくれたの!その時はすっごく優しかったよ。お菓子もくれた!」

 いい歳した大人が菓子でつられるな。そもそもそれなら俺を通して回収すればいいのにわざわざ会う必要なんて。そこまで考えてふとどうして二人が連絡を取り合えているのかが疑問に感じた。「お前、どうやって天に連絡とったんだ」「え、ラビチャ」「は?」本日二度目の驚愕だ。こいつらいつの間にか連絡先を交換していたのか。

「なんでそんな眉間に皺寄せてるの」
「…別に、何でもねえよ」
「あ、ヤキモチ?」
「違う」

 何となく認めたくなかったので即答すれば名前はDVDの再生を止めて嬉しそうに俺にすり寄ってくる。「楽は本当にテレビと違うよね」どういう意味で言っているのは何となくわかって若干腹が立つ。

「推しは天ちゃんだけど、それはファンとしてであって。私が一番好きなのは八乙女楽だよ」
「…知ってる」
「ふふ、やっぱり楽はかっこいいけどかわいいんだよね」
「とにかく、男をあんま家にあげるなよ」
「うん、心配してくれてありがとう」

 可愛い、なんてほとんど言われたことがない。ファンは大体かっこいい、とか色っぽい、とかそういった風に俺を評価している。男が可愛いなんて言われて嬉しい言葉ではないがそれでも彼女だけがそれを言ってくれていると思うと何故だか特別な感じがして、悪い気はしなかった。



振り回されるのは意外に嫌じゃない八乙女楽