恋愛小説の美学



 ナタクさんから手紙をもらった。彼はいつだって唐突に私に手紙を寄越す。それは一週間に一度だったり、ひと月に一度だったり本当にまばらだ。しかしとても達筆な文字で近況を綴ってくれたり時には会う日程の相談をしてきたりと一通一通が私を上手に喜ばせる。なんというかそういう意味では不思議な人だ。それは素なのかそれとも考えているのか、それを知るのは本人だけ。

「ナタクさん、こんにちは」
「名前、久しいな」

 久々にもらった手紙に書かれていたのは近いうちに会おう、というものだった。私としては大好きなナタクさんに会えるのだからいつだってオッケー。何なら明日だっていいくらい。そんな気持ちを口下手ではあるが返信する。すると本当に翌日彼は私の家に訪れた。書いた自分が一番びっくりしてしまった。

「思ってたよりも早くて驚きました」
「サテュロスに『焦らさずさっさと行け』と言われてしまってな。頼まれていた本を届けにきた」

 サテュロスさんの後押し、本当に有難い。「ナタクさん鈍感だから全力サポートするね!」なんて初めて会った時から意気投合して以来彼女は恋愛相談相手である。そもそも星晶獣と人の恋愛なんて成立するのかはわからないが「種族なんて関係ないよ!好きって気持ちは共通だもの!お似合いだから私は応援してるからね」なんていうサテュロスさんのあたたかい言葉のおかげで私はこうしてひたすらナタクさんに会う口実をつくってはアプローチを繰り返していた。

「わあ、ありがとうございます!…ナタクさんは読んだんですか?」
「あぁ。あまり読まない分野だったのでな。勉強の一環として読ませてもらった」

 ナタクさんは勤勉な読書家だ。私が手に入れたいと思う本はだいたい読んだうえで渡して、必ず感想を言い合えるようにしている。ナタクさん曰く「同じ読書家との意見交換も楽しみの一つ」だそうだ。
 今回頼んだ本は恋愛をテーマにした小説だ。永遠の愛、なんて本当にあるかはわからないがそれをテーマにしている。いかにも女の子が好きそうな本であるというのにナタクさんはそれをさらりと読んでしまったわけだ。想像するとかわいらしい。

「ヒトはああいう展開に高揚するものなのか」
「どう…でしょう。どんなのがあるのかまだ読んでないからわからないんですけど。でも女性はドキドキすること、大好きから喜ぶと思います」
「成程」

 ナタクさんは少し考えた後に私の名前を呼ぶ。それに返事をして差し出されていた本を受け取ろうとした。すると彼は私に本を渡したあとにぐい、と私の腕を引いてあろうことか抱き上げてしまった。あっという間に私の身体は浮遊してナタクさんを見降ろすかたちになる。え、どういうことだこれは。

「ナ、ナタクさ、」
「…あまり真似るのは内容がわかってしまうからつまらないか。…しかしどうだろうか、名前もこういうものが好きか?」
「あ、あの!重いですし降ろして…」
「羽のように軽い。問題はない」

 小説の読みすぎだ。例え方がもう心臓に悪い。好きな人にこんなことをしてもらってドキドキしないはずがないし嫌いになるはずがない。
 
「こ、こういうのは好きな人相手じゃないと…!きっとお話の中でもそうだったでしょう?」
「好き…そう、だな。想い合う二人がしていた」
「だから、私とは、その、」

 なんていえばいいんだろうか。私としてはしてくれると嬉しいことなのには違いないのだけれど。ナタクさんに説明するのが難しくて言葉を選んでいるとナタクさんはひょい、とそのまま私を抱きかかえてしまう。

「俺にはそう言った気持ちは解らない。が、今までも解らないものは解るようにしてきた。今回も教えてくれないか、名前」
「そ、それ、は」

 彼はなんという殺し文句を言っているかわかっているのだろうか。わかってないからこそ言ってるのだろうけれど。きっとなんとなく意味を理解しているサテュロスさんとかなら黄色い悲鳴をあげていただろう。

「……私で、いいんでしょうか」
「お前ができるのならな」
「うう。すごい試されてる…」

 楽しみにしているぞ、なんてナタクさんは嘘偽りない表情でそう私に言う。いやまあ他の人に頼るよりも全然いいのだけれど。私にできるのだろうか。けれどこんなおいしい役目はたくさん話す私だからこそ得られたものだ。チャンスを無駄にしてはいけない。恋愛を知らないヒトに恋愛を教える。果たしてできるのだろうか。ノープランの私はサテュロスさんに相談したくてたまらなかった。とりあえず今日のところは無難に食事を誘う所までで許して欲しい。



本で得た知識をここぞとばかりに披露したがるナタク