きみはわたしを駄目にする



「名前サンは本当馬鹿だよ」
「…いたっ!ヴァイト、もう少し優しく消毒して!」
「しょうがないだろ」

 ぴりっとした感覚に顔を歪めて思わず抗議を入れるが取り合う様子のないヴァイトは頬にある傷にとんとん、と容赦なく消毒液をしみこませたガーゼを当ててきた。 

「なんでボクを庇うんだ。ヴァンパイアは傷の治りが早いって言ったろう」
「いやあ、なんていうか身体が勝手に動いちゃいまして」
「そういう反射神経は敵の攻撃を避けるときに使ってくれ」

 いや全くその通りである。ヴァイトはいつだって正論しか言わないからひとつも言い返す言葉がなかった。
 けど身体が勝手に動いてしまった、というのは事実である。大事な人が怪我をするかも、と思ったら自然に彼を突き飛ばして自分の身体で受けてしまったのだ。しっかり受け身をとれたから大きな怪我には至らなかったのが不幸中の幸いといったところか。
 とはいえヴァイトからしたらいきなり突き飛ばされるわパートナーが地面にうずくまってるわでひどく焦っただろう。実際あの時の私の名前を呼ぶヴァイトの声はひどく焦燥していたし。

「第一傷ができるような無茶な受け身はほぼ失敗だ」
「えへ…やっぱり?」
「やっぱり?じゃないよ。まったく…」

 消毒を終えたヴァイトが指の腹で私の頬の傷の下のところをなぞった。優しい指使いで何度も何度も優しく触れる。あきれた表情はもうどこへいったのか目の前のヴァイトはひどく心配そうに私の顔を見つめていた。なんだか泣きそうな顔をしているものだから彼が私の右頬を撫でる手つきを真似て私も彼の左の頬を撫でた。

「ごめんね。何時も心配ばっかりかけて」
「名前サンがボクに心配をかけるのはいつもの事だからもう慣れた」
「ふふ、さすが。…頬の傷、のこっちゃうかな」

 自分の顔の傷の具合は見えないからよくわからない。触ってみようかと思ったがヴァイトに止められたのでしぶしぶ触ろうとする手をおろす。

「のこるような傷ではないと思う。…けど気になるようなら団長サンに治してもらうといい」
「あちこちに傷つくってる女なんてお嫁にいけなさそうだしそうしようかなあ」

 ちょっとした冗談を言ったつもりだったがヴァイトはその言葉にきょとん、と驚いていた。まあヴァンパイアにはそういう言われはないだろうから当たり前か、なんて思っていたのだがそれは私の思い違いでヴァイトが驚いていたのはそこではなかった。

「ボクは気にしないよ。…あ、だからといってむやみやたらにつくっていいわけじゃないからな。慣れてるとは言ってもあんまりボクに心配かけさせないでくれ。そういう気苦労をかけてくるのはヴァンピィだけでもう十分だ」
「え、え?あの…え?」
「? 名前サン何を驚いているんだ?」

 それはヴァイトがそんな爆弾発言じみたことをするから仕方ないじゃないか。なんて細かく説明することなんて慌てふためく私にはできなくて「い、今の、言葉はっ!?意味は!?」なんてたどたどしく訊ねてしまう。
 ヴァイトは驚いた表情から一転悪戯っぽい笑みを見せる。私が慌てている理由を何となく察したのだろう。そんなに今の私の表情はわかりやすい状態になってるのだろうか。

「ちゃんともらってあげるから心配しないで、ってことだよ、名前サン」

 ヴァイトがあざとい顔でさらなる追い討ちをかけてくるものだから顔から煙が出るんじゃないかと思った。流石にこれに関しては意味を聞かずともわかる。当たり前だと言いたげにさらっとかっこよく言ってしまえるのは反則だ。これ以上情けない顔を見せるわけにもいかなくなってきた私はせめてもの抵抗で顔を少しだけ俯かせた。



ヴァイトくんはいつだってあざとい