太陽の食べ方を教えて



 最近の名前の様子がおかしいことには薄々気が付いていた。
 同じクラスということもあり学校内では名前とグリム、そしてエースとは一緒にいることが多い。昼飯は大体一緒に食うし部活がないホリデーは集まって過ごす。奇妙な縁で繋がった三人と一匹なわけだがここ数日名前の付き合いが悪くなっている。

「名前、飯行かないか?」
「・・・あ、ごめん。用事あるんだ」
「何か忙しそうだな」

 今日の昼休みも名前は何処かへ行こうとしていたので行く前に声をかけた。何だかんだ変な事に巻き込まれやすい奴だからもしかしたら何かあったのかもしれない。用事が何か見当もつかないのでさらに訊ねようとすると横からエースが口を挟む。

「魔法が使えないぶん特別講習みたいなの受けてんだって。ほら、早く行かねーと怒られんぞー」
「そうなのか?」
「そ、そう!エースの言う通りだ。ごめんね、もう少ししたらいつも通りに戻れるだろうから」
「いや、ならいいんだ。・・・頑張れよ」
「ん。それじゃあグリムのことよろしく」
「おーう」

 名前はそそくさと席から立って教室を出て行った。残されたグリムが「段々うまくなってきてるんだゾ」なんて話を横でエースにしている。エースがそれに相槌をうっているところからして元々コイツらは事情を知っていたようだ。・・・俺だけ知らされていない、という疎外感になんだか少しだけもやもやしてしまう。水くさい奴だ、マブなら話してくれれば何か俺でも力になれることはあったかもしれないのに。と思ったが俺は勉強面はてんで駄目だから力になれるのは怪しい。・・・だから話さなかったのだろうか。

「おーい、さっさと行くぞ」
「早くしろデュース!オレ様限定ランチを食べたいんだゾ!」
「というかグリム、お前飯のお金を名前からもらったか?」
「・・・あ」

 俺の言葉にグリムが固まる。・・・名前の奴急いでるとはいえ食事代をグリムに渡していなかったようだ。仕方ないので俺とエースで昼飯代は持ってやることに。あとで名前にカフェラテでも奢ってもらうか、と思ったがその時間すらとれるのかも怪しいかもしれない。それくらいには名前と過ごす時間は減っている。

 自分では例えるのは難しいんだがちくちくと変な感覚が心の中に生まれつつあった。



***




 昼飯を食い終わって教室へと戻ろうとした時、食堂のキッチン側に見たことのある背中を見つけた。間違いない、名前だ。・・・特別講習とやらは終わったんだろうか。
 エース達は気付かず別の話題で盛り上がってるので教えてやろうと思ったがその背中の近くにこれもまた見たことのある人物がいるのにも気がつく。緑色の髪と長身。あれはクローバー先輩だろう。この距離じゃ流石に内容はわからないが何かを二人で話している。時々笑う名前とアイツの頭をわしゃわしゃと撫でるクローバー先輩。・・・どういう話してんだろう。てか頭を撫でられる展開ってなんだ。わかんねぇことだらけで頭がごちゃごちゃしてくる。

「どした?」
「・・・あそこに名前とクローバー先輩が、」
「え?・・・あーホントだ」

 俺の足が止まったことに気付いたエースに名前達のことを教えるとエースは間の抜けたような返事をしてくる。名前がクローバー先輩といるというのはあんまりないはずなのに落ち着いていた。・・・気にならないんだろうか。

「何?トレイ先輩に嫉妬してんの?デュースくんってばかわいーとこあんじゃん」
「なっ!別にそういうんじゃない!珍しいと思っただけだ」
「先輩だしいろいろアドバイスもらってんじゃねーの?アイツには頼れる先輩がいないんだから」

 エースの言葉は妙に説得力がある。確かにそうなのかもしれない、と思うがどこか腑に落ちない自分もいた。
 俺の顔がまだ曇っているのを見てエースがけらけらと笑った。「やっぱ嫉妬してんじゃん」なんて言うものだからグリムも便乗して俺をからかってきた。コイツ等が意見噛み合った時の煽りは本当に腹が立つ。一応もう一度強めに否定はしておいたがそれでも心の何処かではエースの言うことを完全に否定できなかった。



***




 次に名前を見かけたのは放課後の部活終わりだった。小腹が空いたのもあり購買部に寄ろうと思った時にばったり前で鉢合わせたのだ。

「名前」
「あ、デュース」

 隣にはやはりクローバー先輩がいた。名前の両手には何かをたくさん買ったのかビニール袋がある。クローバー先輩もまた同じようだ。

「珍しい組み合わせですね」
「リドルが次の『なんでもない日のパーティー』には名前にも参加してもらおうって話しててね。その件でいろいろ打ち合わせをしてるんだ」
「へえ・・・」
「えっと・・・流石に何もしないで参加するのも申し訳ないからできることを手伝おうと思って」

 本人達から理由を聞いてようやく自分の中の気持ちが消化できた。・・・いつまでもグダグダ引きずってるのもどうかと思うが。
 話の流れで俺が来た理由を尋ねられたので小腹が空いたことを伝えればクローバー先輩が「ちょうどいいじゃないか」なんて言う。何がちょうどいいんだろうか。首を傾げるとけれど、でも、と名前がわたわたとし始めた。

「今いろいろ試作品を作ってるところなんだが、味見しにこないか?」
「いいんすか!?」
「あぁ。意見次第ではパーティーのメニューに採用するつもりだからよろしく」
「わかりました!」

 おやつ代も浮くし美味いものが食えるしで・・・こういうのなんて言うんだっけか、一石二鳥ってやつか。即答して俺はクローバー先輩達の後ろについていく。


 寮のキッチンには試作しているというだけあってたくさんの料理が並べられていた。どれも美味そうなものばかりだ。

「気になるものから食べていいぞ」
「はい!・・・どれにしようか、どれも美味そうだ」

 机にある料理はどういうわけか俺が好きなものがたくさんあった。卵を使ったメニューはどれもお気に入りなので目移りしてしまう。けれどやっぱり一番はオムレツだな。その後はシフォンケーキにしよう。お皿に手を伸ばして一口。口の中には少し甘めの味付けが広がる。

「美味い!」
「ホント?」
「? なんで名前が反応するんだ?」
「え!?あ、いや、」

 俺の感想にいち早く反応したのは名前だった。不思議で思わず聞けば名前がしまったと言いたげに視線をあちこちに泳がせる。何を焦ってるのかわからずにいるとクローバー先輩がくつくつと笑いながら口を開いた。

「それは名前が作ったんだよ」
「・・・そうなんですか?」
「ト、トレイ先輩!」
「別に隠す必要もないだろ」
「そうだぞ。こんな美味いもんが作れるんだからもっと自信を持っていい。すごいな、名前は」
「・・・そう、かな」

 俺の言葉に名前は照れ臭そうに頬を掻いた。もじもじする姿は何だかいつもとは違って少し・・・なんていうかかわいい。そういう反応は見たことがなくて新鮮だ。

「あ、あの。デュース」
「ん?」
「こっちのシフォンケーキとプリン、どっちが美味しいかな」

 オムレツをどんどん食べていると名前がおずおずと試作品を薦めてくる。俺はそれを受け取ってひとつずつ味わって感想を伝えた。伝える度に名前は真剣にメモを取ったり時々嬉しそうに笑う。なんだか久しぶりに名前と話したしこうしてアイツの役に立てた気がしてずっとモヤモヤしていたものが晴れてきた気がした。不思議だな、なんでこんなにコイツに振り回されてんだろう。この時の俺は自分の感情がよくわからずにいた。




20200603
デュースの誕生日を全力で祝おうとしたら長くなりそうなので一区切り