ふたりで沈めばこわくない



「あっ、ネハンさん!また一人で調査行きましたね!行く時は声かけてくださいって話したじゃないですか!」

 研究室で調合を進めていると留守にしていたネハンさんが戻ってきた。ちゃんと戻ってきてくれたことに一安心しつつも溜まっていた鬱憤をぶつければネハンさんはつけていた怖そうな仮面を外してふう、と一息つく。

「君は連日の実験で疲労が蓄積していたはずだ」
「移動の時に休めばいい話です!」
「例えば、君が移動先で体調不良になったとする。その世話をするのは誰になる?」
「…ネハンさんです」
「そういうことだ。休める時は体調を整えることに徹しろ。それも仕事の一環だ」

 ご自身の机に荷物を置いてから机に置いておいた実験結果のデータをまとめた書類を手に取るとネクタイを緩めながらも確認に入る。慌てて私は熱し続けているポットを取って暫く使われていなかったネハンさん専用のマグカップに珈琲の粉を入れてからお湯を注いだ。ふわりと香る珈琲の香りを堪能しながら私はマグカップをネハンさんへと持って行く。

「珈琲です」
「…どうも」
「あの、今回も例の島の調査ですか?」

 ネハンさんは最近気になる場所があるようで頻繫にとある島に訪れている。不思議な生態を見つけたとかなんとか。まだ私は目にしていないがネハンさんが気に留めているソレが気になって仕方なかった。
 私の質問にネハンさんは書類を読みながら「そうだ」と簡潔に返答する。とりあえず一人で行っても大丈夫な場所を選んでいたなら一安心だ。

「最近うちの組織はいろいろ目を付けられてるらしいですし、本当気を付けてくださいね」
「…それはお前もだ」
「私は強いですから!みんなドカーンと返り討ちですよ」

 ネハンさんの助手として今は仕事をしているが昔はそこそこ暴れていた魔術師だ。ちょっとやそっとのことは問題ない。だからこそ私はネハンさんが外出する時はボディーガードを兼ねて着いていきたいというのにふらっとどっかに行ってしまうのは由々しき事態だ。

「私はイヤですからね」
「?」
「ネハンさんが急にいなくなったり、知らないところで何かに巻き込まれるのは見たくないです」

 私の言葉にネハンさんはゆっくりと書類から視線をあげる。私をじっと見る目は何処か寂しそうだった。

「守らせてください。貴方がやりたいことをやりとげれるまで。着いていかせてください」
「…君にとってなにも得にならない。時間の無駄だ」
「私にとってネハンさんといる時間が一番有意義なんですよ。むしろいない時間を過ごす方が虚無です」

 ネハンさんは私が抱いている気持ちを知っている。だけどそれに応えようとはしない。というよりどう受け取ればいいのかわからないから有耶無耶にしているのだろう。

「今度はちゃんと一緒に行かせてくださいね」
「…駄目と言っても着いてくるだろう」
「その通りです!」
「本当にお前はそういうところが扱いづらくて困る」

 そう言ってる癖に少しだけ口角があがっているのに本人は気付いているのだろうか。これだから私はこのひねくれている彼は放っておけないし好きでたまらないのだ。



20200309 ネハンのことを少しでも気にかけてくれる人がいればまた何か変わったかもしれない。