むずかしい花束はいらない



 たまたま部活が休みで寮の当番もないフリーな放課後。こういう時こそ普段やれていない勉強の復習をすべきなんだろうが何から手を付けたらいいかわからない。一人で悩んでいても仕方ないので此処は名前に頼ろうと勉強道具を持ってオンボロ寮を訪ねることにした。

 アイツは部活に入っていないから変なことに巻き込まれてない限り大体放課後は寮で過ごしている。だがグリムはすぐに面倒事を持ってくるしアイツ自身も巻き込まれ体質ってやつだと思うから巻き込まれてない時の方が珍しい。
 とはいえアイツ等が変な行動をとっていない以上この学園は平和という認識をしていいはずだ。というかたまには平和であってくれと思いながら寮の入り口まで来ると見慣れた背中を発見した。思わず駆け足になる。

「名前」
「あ、デュース。エースは一緒じゃないの?」
「アイツはまだ部活だと思う。…というか何で僕にエースのことを聞くんだ」
「だってエーデュースじゃん」
「ダイヤモンド先輩みたいな呼び方するのはやめろ」

 名前を呼べば振り返った名前が僕を見てふわりと笑う。片手にジョウロを持っているところからして何かの植物の世話をしているのだろうか。気になったがその前にエーデュースって呼ばれる方が気になったのでつい突っ込んでしまった。
 確かにエースとは同じ寮だしクラスも一緒だから共に行動することは多い。だが僕だって一人で行動することはある。名前とグリムのようにニコイチ扱いしないでほしい。というかなんでまずエースのことを聞くんだ。よくわからないがそこにもモヤモヤした。

 僕の心情なんて知る由もない名前は「ゴメンゴメン」と悪びれもしない様子で謝ってくる。眉を顰めれば名前は誤魔化すように話題を切り替えた。

「それで。デュースくんは勉強のお誘いに来たのかな?」
「…よくわかったな」
「まあ教科書とノート抱えて来てればね。わかる範囲で良ければ教えるよ」
「ホントか。助かる!流石名前だ」
「ふふ、お礼はアイスカフェラテでよろしく。じゃあ先にこれの水やり終わらせちゃうね」

 名前の視線が先ほどと同じところに向けられる。そうだ、名前は何を育ててるんだろうか。聞くのをすっかり忘れていたので僕も名前の背中から覗いてみると寮の壁沿いにいくつか置いてある鉢植えが目に入った。大きい棒が刺さっていてつるがそこに絡みついている。ところどころに白い花が咲いていて近寄るとふわりと甘い香りがした。

「これ、名前が育ててるのか?」
「うん。植物園を管理してる人にわけてもらったんだ」
「へえ…」
「部活も入ってないしなんか一つくらい趣味というかそういうのを作りたいなって思ってさ。花を育てるのはこんな自分でもちゃんと勉強すればできるかなって」

 僕がする寮の薔薇の手入れなんて先輩に言われた通りとりあえず水をやってとりあえず周りにある雑草を引っこ抜くくらいだ。特別花を育てるために勉強なんてしたことがなかったからわざわざ勉強をした名前が純粋に凄いと思った。

「…これ何ていう花なんだ?」
「これはね、スイカズラだよ」
「スイ…?」
「育てやすいから選んだのもあるんだけどいい香りなんだ。近所にたくさん咲いてたんだけどすごく好きで」

 しゃがみ込んで花に顔を寄せる名前は優しい表情で花びらに触れている。愛おしそうに花を愛でる姿に心臓がきゅっとなって思わず息を呑んだ。普段良く笑う奴だと思ってたけどこんな笑い方もできるのか。あんまり見たことのない表情に少しだけどぎまぎする自分がいる。

「ぼ、僕でも育てられるか?」

 なんかよくわからない気持ちがフツフツこみあげてきたのを紛らわせるために適当に思いついた質問を投げてみる。でも本当に考えなしに言ってしまった。育てるつもりなんてこの時は全くなかったのに。

「興味あるんだ」
「え、あー。…まあ。少し」
「意外だ!めんどくさそうって言いそうだなって勝手に思ってた」
「失礼だぞ」

 まあ正直図星だ。もし別の奴に同じ質問をされたら「そうでもないな」なんて答えてたかもしれない。
 でも僕の質問に対して嬉しそうに頬を綻ばせる名前を見るとなんだかこのまま小さな嘘を突き通した方が良いような気もしたのでちょっと申し訳ないと感じたが否定はしないでおくことにした。

「このお花はたっぷりお水をあげるだけで大丈夫。あ、でもつる性だから支柱とか立てて少し剪定をしないとつるが絡まっちゃうんだよね。でもやることはそれだけだから本当簡単。だからデュースでもきっと大丈夫だよ」
「成程…それなら僕でもできそうだ」
「あ、でもハーツラビュル寮だと薔薇がたくさんあるしつる性のお花持って行くのってどうなんだろう」

 薔薇以外の別の花を育てたらいけない、なんて法律は流石になかったとは思うがつるが別の植物に絡まってしまう可能性などを考えると他の寮生が処分してしまうかもしれない。部屋で育てるってわけにもいかないしあっちの寮に持って行くのは少し気が向かなかった。

 名前がうーん、と唸っている間に僕の頭で一つ妙案が閃く。これならいろいろ得な気がする。我ながら良いアイデアだ。

「なら此処で育てるのを僕も手伝う、ってことでどうだ?」
「お。それはいい案」
「だろ。名前も楽できるし僕もチャレンジができる。win-winだ」

 僕のアイデアを聞いて名前はまたニコニコと笑った。デュースもたまにはいい案出すね、なんて言われる。たまにはって言い方にちょっとムッとはしたがそれでもいいことを言ったと自分でも思えていたので悪い気はしなかった。

「…このことはエースやグリムには言わない方がいいかもな」
「? なんで?」
「万が一水やり中に此処で喧嘩でもされてみろ。せっかく名前が育てたものが台無しになっちまう。それは許せねぇ」
「まあ確かに何しでかすかわからないからなあ、あの二人」

 息が合う時は合う癖に合わない時はとことん合わない。魔法で乱闘するのは日常茶飯事だ。名前は確かに、と納得してくれた。上手く丸め込めた、のか…?

「あ、ちなみにあっちにはアジサイを植えてて、今後は他にも増やしたいなあなんて思ってたりもする」
「…結構マジでやろうとしてるんだな」
「そりゃあやるならとことんやる方が楽しいじゃん」
「そうだな。それは言えてる」
「此処にいる間は少しでも綺麗なもの増やして良くしてあげたいのもあるんだけどね」

 名前が此処に住むようになってから少しずつオンボロ寮は良くなっていっている。まだあちこちヤバそうなところはあるがそれでも談話室も綺麗になっていたし他にも頻繁に使用しそうな部屋は清掃されていた。そして寮の前もこうして花で綺麗になりつつある。そういうところをコツコツとやってる名前はとても健気で損得関係なく手伝ってやりたいなって気持ちが湧く。手を伸ばしてやれば嬉しそうにはにかんでその手をとってくれるから僕はついコイツに手を貸してしまうのだ。

「っしゃ!やるぞ!」
「わ、めっちゃやる気じゃん…」
「当たり前だろ。とりあえず勉強道具置いてくる!」
「うん。待ってる」

 持ってきていたものを談話室に置きに行くために中へと駆け足で入る。グリムもいない、エースもいない。ここからは僕と名前だけの時間だ。こういう時間を普段あまりとれないから貴重な感じがする。そしてこれが少しずつ増えていくと思うと自然と口角があがった。

 純粋に花が育てたいわけでもないし此処に咲いている花を分けて欲しいというわけでもない。ただ僕が此処で過ごす理由を作りたかっただけに過ぎなかった。
 名前の時間を僕が一分一秒でも他の奴等より多く独占できるということに大きな優越感を感じていたのだった。




20200423
6/3の誕生花:アジサイ、スイカズラ
花言葉:「冷酷、無情」「愛の絆、献身的な愛」
企画サイト【bianca】様に提出