あとはきみを待つだけ



 グレて素行が大分荒かったり学力も学校に来ないせいで穴だらけと心配の塊ともいえた幼馴染だがミドルスクールを卒業する前に魔術の才能を見出されてナイトレイブンカレッジへの進学を決めた。
 あのデュースが大丈夫なのか、と正直驚きと不安を隠せなかったスペード家と私の家だったがデュースが無事に入学してから数か月。帰ってこないあたり問題を起こして途中退学することなく過ごせているようで何よりである。
 進学先が全寮制の為デュースが以前のように私の隣に(渋々)いるということがなくなった。最初は気苦労が減ったの安堵していたはずなのに何だか今では落ち着かない、なんて言ったら笑われそうだ。

「名前、デュースくんからお手紙よ」
「え、デュースから?」

 ホリデーの前に暫く音信不通だった彼から私宛に一通の手紙が届いた。

 連絡をよこしてきたということはようやく自分の生活に余裕がもてるようになったということなのだろう。少しは上手くやれているのだろうか。友達とかもちゃんとできたのかな。去年までの事を考えると心配ばかり浮かんできてしまう。

 期待と不安を胸に封を切ると一枚の小さい紙切れが入っているだけで特に便箋などはないようだ。とりあえず内容を確認してみると紙の中央に殴り書きのように曜日と時間帯を表しているようなものと11桁の数字が書かれていた。・・・見た感じこれは電話番号だろうか。封筒の中に他のものは何もない。こういう久しぶりに身内に出すものって近況報告とかをする手紙じゃないのか。
 ひとつため息をついて自分の携帯を開く。ちょうど書かれている曜日や時間帯と今の時間は被っていたので駄目元で紙に書かれていた番号で電話をかけてみることにした。

『も、もしもし!?』
「うるさっ。聞こえてるよ」
『わ、悪い・・・名前か?』
「うん。久しぶり、デュース」

 電話はすぐに取られたと思えば聞き覚えのある大声が耳に響く。思わず携帯を耳から離してしまうくらい大きくて笑ってしまった。若干声が上ずってたあたりちょっと緊張してるな、私相手なのに。何となく電話越しなのに彼の雰囲気が想像できてしまう。

『久しぶりだな。・・・その、元気か?』
「うん。元気だよ。そっちは?」
『俺も特に健康面に問題はない』
「なら良かった」

 いろいろと慣れない生活に追われているから気疲れだったりで体調を崩してたりしたらどうしようと心配だったがどうやら大丈夫のようだ。まあデュースは結構図太いところあるから何だかんだ上手くはやっているとは思っていたけど。
 改めてこうして声を聞いて話すのはちょっぴり気恥ずかしい。自分でかけておいて何だが照れ臭さに視線をあちこちにうつしながら私は話を進めた。

「てか何この手紙。暗号かと思った」
『いろいろ報告しようと思ってたんだが何から書けばいいかわかんなくなった』
「だろうと思った。デュースが手紙に進境をまとめるのは確かに想像つかないし」
『回りくどくないか?書いて伝えるより話したほうが早いだろ』

 想像通りの答えが返ってきて笑いが漏れる。数か月離れて過ごしているがやっぱりデュースはデュースだった。根っこの部分は早々変わることなんてない。
 そういうところを感じれて少し安心する自分がいた。名門校にいっていろんな経験をして私の知らないデュースになってしまっていたらどうしよう、なんてちょっとだけ思っていたから。勿論いい所に行けてるんだからいい成長にはなるんだろうけどそれでも私の中のデュース・スペードはあまり変わらないで欲しいというのが本音だった。

「いきなりかけちゃったけど今日はこの後時間あるの?」
『今日はフラミンゴの餌やり当番でもないし他の当番もなかったはずだ。問題ない』
「フラミンゴ?当番?なにそれ」
『えっと・・・何から話せばいいんだろうな。俺が入った寮、ハーツラビュル寮っていうんだが―――』

 そこからデュースは私にあれこれと自分の学園生活を教えてくれた。いろいろと苦労していることもだが楽しいこと、興味があること、疑問に思ってること。本当にたくさん。デュースがこうして様々なことを私に話して聞かせるなんて今までほとんどなかったからすごく新鮮な感じがする。でもそれくらい充実した生活を送れているってことだから素直に嬉しかった。

『―――だから外出も簡単にできなくて。たまにはマジカルホイールに乗りてえな』
「自由にできないのはちょっと大変そう。ホリデーで乗り回して発散するしかないね」
『そういえばそろそろそんな時期か・・・』

 ナイトレイブンカレッジは全寮制だが年に数回実家に戻る機会がある。それが夏や冬にある長期休みだ。多くの生徒はこの期間を利用して実家に戻ったりすると聞く。外出が簡単にできないのならそれを利用するのが一番いいのかな、と手っ取り早く思ったのだ。

「ホリデーはこっち戻ってくるの?」
『そのつもりだ。母さんともいろいろ話したいからな』
「え、おばさんと話してないの?私に報告するより先におばさん優先してあげなよ」
『・・・入学前に約束しただろ』
「え」

 デュースの言葉を聞いて私は数か月前の事を思い起こす。私がデュースと約束したこと、といえば。

『心配だし余裕ができたら一番に連絡寄越せ、って言ったのは名前だ。忘れたのか?』
「い、言った。確かに言ったけど・・・」
『前はほとんどお前との約束破っちまってたからこれからはちゃんと守りたいって思って・・・』

 小さい声でデュースが呟く。前、というのはミドルスクール時代のことだろう。あの頃のデュースはもう荒れ放題で正直どうしようもなかった。学校に行け、ちゃんと家に帰ってあげろ、変な人とつるむのはやめろ。いろんなことを口酸っぱく言ってきた気がする。まあデュースの言う通りほとんど守ってもらえなかったけど。どうやら今のデュースの中でそれが負い目に感じているようだった。

「ありがと、デュース」
『・・・別にお礼を言われるようなことでもない。当然だ』
「あはは。一昨年くらいのデュースにその言葉聞かせたいなあ」
『も、もうあの頃の俺とは違う!此処に入った以上優等生になって立派な魔法士目指すって決めたんだ』

 その言葉はナイトレイブンカレッジに入学する前にデュースが言っていた言葉だった。『立派な魔法士になるために優等生になる。そんで母さんを安心させたい』なんて私に話してくれたっけ。あのデュースからこんな言葉が聞けるなんて、って感動したのを覚えてる。まだその気持ちを芯にして頑張っているようでホッとした。

「応援してる。戻ってくるときにはドヤ顔で自慢できるような話持ってきてね」
『ど、努力はする・・・』
「じゃあ楽しみにしとく」
『なあ、名前、』

 デュースが何かを言いかけた時だった。彼の電話から「デュース!そろそろメシに行くぞー」なんて別の男子の声が聞こえてくる。その声を聞いてこの電話を始めて大分時間が過ぎていることと夕飯時ということが思い出された。

『今行く!―――ああくそ!いい感じに言えそうな所だったのに、』
「デュース?友達待ってるなら行ってあげないと」
『そうする。けど、一個伝えていいか?』
「? いいけど、」

 特に拒む理由もないので承諾すればゴホン、と改まるように咳ばらいをするデュース。何だろう、とちょっとだけ身構える。

『ホリデーん時、マジカルホイールで出かけるの付き合ってくれないか』
「うん。いいよ」
『い、いいのか!?』
「断る理由ないし。そんな畏まってお願いすることでもない気がするけど」
『いや、まあ、そうかもしれないけど・・・』

 ブツブツとデュースは何か言いたげであったがさらに「早くしろー!」と急かす声が改めて聞こえた。流石に可愛そうなので早く行ってあげるように伝えればデュースは申し訳なさそうな声になる。

「また時間ある時にでも話そう?別にこれが最後の電話ってわけでもないんだから」
『・・・あぁ。そうだな。また話そう』
「それじゃあね」

 上手く話をまとめて通話を終える流れになる。通話終了ボタンを押す前にデュースがぽそりと「ありがとな」と言ったのが聞こえて自然に頬に笑みが浮かんだ。
 突発的な電話だったが元気そうだったことといろいろ頑張っていることが知れて良かった。何より、

「(連絡もお出かけのお誘いも一番にしてくれた。それにまた電話するって、)」

 嬉しいことがたくさん起こりすぎて頬が緩んでしまう。めげずにずっと声をかけ続けてて良かったなあ。ようやく自分でも一歩を踏み出せたという実感を持てた気がした。
 部屋にある鏡に目を向ければだいぶだらしのない顔をした自分に思わず苦笑してしまう。デュースが見えない状況で良かったな、なんて思いながら私も夕飯の支度をするため軽快な足取りで部屋を出るのだった。



20200503
幼馴染ちゃんがいたらその時だけ素のデュースで接してくれるといいなーっていう話