夏色に染まる



「観光地の視察、ですか」
「この時期のアウギュステはかなり人の出入りが激しいから特殊な警備体制を取ってるらしい。そんでウチの団の警備体制と比較したり取り入れられるものがあったら取り入れたいなーって話をランちゃんがしててさ」
「成程…良いんじゃないでしょうか。早期の復興の為にまず観光客を増やすことは大切ですし」
「だろ?名前も行く予定らしい。詳しい段取りはまた後日の会議で詰めるってよ」

 という会話をヴェイン副団長と交わしたのが一週間ほど前。あまり国の外に出ることのない私がこうして外の情勢を学びに出れるのは貴重な機会の為その誘いはとても嬉しいものだった。こうして少しでも新しい知識を増やしてランスロット団長の負担を少しでも減らせれば御の字だ。
 その後詳しい日程やスケジュールを詰めていく。一日だけ中休みをとってそこでランスロット団長やヴェイン副団長がお世話になっているグランくん達に会いに行く予定も入れた。長い間国を空ける訳にもいけないので結構カツカツのスケジュールだがそれでも有意義なものになるに違いないと心躍っていた。

「なあなあ、名前はどんな水着買ったんだ?」
「…水着、ですか」
「おう。アウギュステ行くんだし用意してるだろ?」

 会議を終えてお偉い人たちが去っていった会議室の片付けをしていると手伝ってくれていた副団長がそんなことを聞いてきた。彼の問いに対して買っていない、という意味を込めて首を横に振れば「マジかよ!」と目を丸くされる。むしろ副団長は買ったというのか。そこに驚きだ。

「せっかくの海なんだから着ようぜ!水着!」
「海に行く予定ありませんし」
「何だと!入らないのか!?」
「中休みは視察で得たものをまとめる時間に費やそうと思ってたので…」
「駄目だぞ!そんな堅苦しいことしないで休みは全力で休むもんだ!なあランちゃん!」

 むっと口を尖らせる副団長は少し離れたところで今日使用した資料の整理をしている団長に声をかける。団長は一応私と副団長の話を聞いていたようで少し苦笑をしながらまとめた資料をもって私の傍までやってきた。

「休める時はちゃんと休むのが大切だぞ」
「団長に言われたらそうするしかないじゃないですか…」
「はは、そうだな。団長命令、ということで休んでくれ」
「よし、副団長命令もそこに追加な」
「…はい」

 上司二人がそう言うのなら仕方ない。資料をまとめるのはその日のうちか帰りの移動時間とかにしよう。流石に意見を突き通すわけにもいかなくなったので大人しく従えば柔らかく笑った団長が「いつも頑張ってくれてありがとな」と頭を撫でてくれた。ああもう、団長はとことん私の事を解っていらっしゃる。そういう風に言われると本当に何も言えなくなってしまうじゃないか。

「だったら水着も必要になってくるよな!」
「や、休むとは言いましたけど水着を着るとは一言も…」
「着ないのか?水着」
「え、」

 副団長に続いて団長までも私にそうやって問いかける。私は流石に言葉が詰まってしまった。副団長は「名前はランちゃんのお願いに弱いからなあ」なんてやけに楽しそうに笑っている。というかわかってて敢えて団長に話を振ったくせに、副団長はそういうところ頭が回るから狡い。そんな私の葛藤も露知らずの団長はとどめの一撃を仕掛けてくる。勿論なんの悪意もないものだ。余計に質が悪い。

「中休み、名前が良ければ一緒に過ごそうと誘おうと思ってたんだ。…駄目だろうか?」
「あう…わかり…ました。ご一緒させてください…」
「やったなランちゃん!」
「ああ。楽しみにしておくよ、名前」

 副団長の”やったな”というのがどういう意味なのかはわからないが、それでも本当に嬉しそうに笑ってくれる団長を見ると首を縦に振ったことを後悔する気持ちなんてなくなってしまう。
 水着、買ったことないけどどういうのを用意すればいいんだろうか。視察の時のプランを当日まで煮詰めておきたいと思っていたのに新しく考えることが増えてしまった。こんなことを相談できる相手もいないしなあと新しい悩みの種のせいで眉間に皺を寄せていれば爽やかな笑顔を見せる副団長が肩を叩いてきた。任せておけ、と言わんばかりの顔をして親指を立てているが本当に任せてもいいのだろうか。若干不安な気持ちを抱きながらも私はお願いの意味も込めて小さく会釈をするしかなかった。




水着ランヴェ実装記念