駆け引きなんてお手の物



 仕事を一通り終えて携帯を見ると一件の着信が入っていた。着信履歴を目にして少し心臓が跳ねる。留守電も残されているから尚更だ。衣装を脱ぎ、汗でべたつく身体をタオルで拭いた後に私服へと袖を通す。一通り支度も済んでから携帯を耳に当てて伝言メモを再生した。

『えーと。もう留守電か?…天、お疲れさま。収録中だったかな。連絡遅くなってごめん。こっちの収録終わったから今日の夜は時間空けれそうだよ。時間見計らっていつもの場所に行って待っとくね。あ、待たせてるって思って急ぎすぎないように』

 少しだけ早口でふき込まれている留守電に思わず笑ってしまう。いつものようにひとつひとつの言葉に気遣いの込められているのを感じて愛おしさが増した。時計を見ればこの連絡が来てから1時間ほど経っていた。演出が気に入らなくてリテイクを重ねてしまった為の延長だ。彼女を待たせているのは申し訳ない気持ちもあるがこちらも満足のいくものを作りたかったので仕方のないこと。それは同じ業界に身を置く彼女ならわかってくれるはずだ。
 
「今日は一段と早い帰り支度だな」
「…用事があるんだ」
「アイツの所行くんだろ」
「…そう」

 少し遅れて楽と龍が楽屋へと戻って来た。帰り支度が終わっているボクを見て楽は何かをすぐに察したようだった。それにしても楽は名前先輩が年下だからと言って扱いが雑だ。事務所の先輩でボク達よりも前から活躍している人だというのに。彼女も彼女であまり気にしないで普通に接してるからちょっとだけムカつく。言ったらなんだか子供じみている気がして言った事はないけれど。

「アイツって名前さんか?会うならよろしく言っておいてくれ」
「はいはい。じゃ、お疲れ」

 龍はワンテンポ遅れて察したようだった。先輩も成人しているということもありお酒を一緒に呑む仲と聞いている。ボクだとそれは付き合ってあげれないのがもどかしい。龍の伝言は気が向いたら伝えてあげることにしよう、そんなことを思いながら軽く手を振ってボクは楽屋を後にした。

 
 
***


「先輩、待たせてごめん」
「お疲れー。いいよいいよ。収録なんて長引くもんだししょうがない」

 待ち合わせ場所である小さなバーへ行けば名前先輩がカウンターで待ってくれていた。外見を隠すためのサングラスと帽子を脱いで軽く会釈をする。彼女は気さくに席へ座るよう促した。「飲み物は林檎ジュースでいいかな?」「ん。それで」「あ、言わずとも、だったわ」注文をする前にバーのマスターが林檎ジュースを用意してコースターの上に載せる。それに礼を述べて席へとつけば「ごゆっくり」とマスターはそれだけ言ってお店の奥へと引っ込んでしまった。此処のマスターは名前先輩の友人らしく、いろいろと気を遣ってくれる。店を貸切にしてボク達だけの空間をつくってくれる、これもまたいつものことだ。

「名前先輩もお疲れ様」
「ん。ありがと。収録後だからメイクキツめでごめんね」
「平気だよ」

 とりあえず乾杯しようか。とグラスを掲げられたのでそれにガラスを寄せた。カラン、と綺麗な音を聴いてストローに口を付ける。対して先輩はミルクをベースとしたカクテルを呑むためにグラスに口をつけた。その差がまだボクが子供だというのを判らせる。

「ねえ、今日みたいな大事な時間、私がもらってよかったの?」
「…ボクが居たいと思ったから、声をかけたんだけど」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるね」

 ふにゃりと笑う名前先輩は仕事の為にしている鋭く男らしいメイクとは真逆の態度をみせる。格好よく中性的に見えるようなメイクなはずなのに可愛らしさが増すその仕草にまた心臓が高鳴った。この人はボクの感情を動かすのが上手い。

「誕生日プレゼント、何が欲しい?」

 名前さんはグラスのお酒を綺麗に飲み干してからそう訊ねた。空っぽになったグラスの中で氷が涼し気に鳴る。欲しいもの、なんて言われてふと思いつくものなんてなかったから、少し考えてみる。

「何でもいいの?」
「出来る範囲ならね。高級車とかは無理だよ」
「ボクがそういうのお願いするように見えるの、先輩」
「無茶ぶりはしてきそうかなって。意地悪なところあるし」

 意地悪をしてしまうのは名前先輩の反応が可愛いから仕方ないじゃないのにな。自分の魅力をわかってない先輩だ。まあそういう天然なところが好かれるところなのだろうけど。

「まあでも、意地悪なお願いはするかも」
「えー!何をご所望なのよ」

 先輩の頬がちょっとだけ赤くなってきた。ボクを待ってた間にも少し飲んでいたのかもしれない。ほろ酔いの先輩にボクは顔を近づけた。

「先輩の家に泊まりたい」
「…へ、」
「名前先輩の時間をもっとボクにちょうだい」

 名前先輩が小さく息を呑んだ。視線はあちこちに泳いでいたがやがて僕の視線と絡んで止まる。少し困ったように眉を八の字にして「ええと、天、」と言葉を濁している先輩が可愛らしくて頭を撫でる。きっといろいろと頭の中で考えが先行しているのだろう。

「先輩は変わらないね。去年のボクの誕生日の時も同じような事言って『先輩をちょうだい』って告白されたのに」
「…あれは本当にびっくりしたんだから。天のことは後輩として見なきゃ、って思うのに必死だったんだよ」
「でもただの後輩じゃなくなったでしょ」
「…そう、だけど」

 照れているのか語尾が消えていく。もうただの先輩と後輩ではないのだ。彼女の反応を見ると改めてそれを感じて優越感がうまれる。

「それで、先輩。返事は?」
「……じゃあ、ひとつお願い聞いてくれるなら」

 誕生日だから、という理由で言ったのに条件を出すなんて。と少し面白くて笑ってしまう。「答えれる範囲ならね」と先輩の事を真似て言えばもうお酒のせいなのか恥ずかしいからなのかわからないくらいに頬を赤くした先輩が口を開いた。

「…先輩呼び辞めて呼び捨てで呼んでくれるなら、来ていいよ」

 そこまで言って名前先輩の目が逸れた。耐えきれなくなったのだろう。でもこちらとしても好都合だった。たぶん、ひどい顔をしていただろうから。

「名前」
「…は、はや!順応はや!」
「でもなんで急に?」

 理由を尋ねれば名前はもごもご、と唇を動かす。やがて観念したように小さな声で「確かに私は天の先輩だけど今はプライベートだし、その、年齢とかそういうの関係ないかな、って」と理由を告げた。その言葉を聞いて少しもやもやとしていたものが晴れた気がする。

「じゃあ呼んだし家に行くのもいいよね」
「…ん、いいよ…え?」
「じゃあ決まり」

 うまく誘導すれば名前は何か言いたそうな顔をしていたが「もう…天の我儘には敵わないや」なんて言って笑った。ボクからしたら名前の不意打ちの方がずっと敵わないんだけどな。




happy birthday!! KUJO TENN !!