この愛を手放せない



 監視官に着任してから初めて休みが被った。同じ多忙な職に就いているとなかなかこうして同じ日に非番になるということがなく世話しない日々を過ごしていたけれどようやく、だ。やりたいことはたくさんあってその中のひとつは私の同期の一人ある慎導灼さんの自宅の掃除だった。

「お邪魔します・・・慎導さん?」

 合鍵を預かっているから部屋に入れない、なんてことはない。以前へらりと笑って「名前が来るのはいつでも歓迎だから持っててよ」なんて渡してきた。そう言ったくせに行くときは大体寝てるから歓迎されたことなんてないんだけれど。今日も部屋はしんと静まり返っていた。

「もう…目を離すとすぐ不健康な生活になるんだから」

 机の上に散らかっていたカップ麺の山を放置されているゴミ袋に詰めていく。後で洗おうとはしていたのか水に漬けてあるお箸やマグカップも綺麗に洗剤で洗って水切りカゴの中に置いておいた。書類に関してはどれを保管してどれを捨てるかわからないので軽く整理して机の上にまとめておくことにする。こういうのを度々目にしてしまうと彼のことを放っておけないのは私にお節介の気質があるからいうのもあるだろう。
 突貫だがそれなりには綺麗になったので電気ケトルに水を入れた。すぐに起きるとは限らないが一応すぐに珈琲を飲めるようにしておこう。電源を点けてようやく一息つける状態となる。

「さて・・・」

 玄関に慎導さんがいつも履いている靴は置いてあった。スーツも雑にソファーに投げ捨てられていた(ちゃんと片付けた)ので在宅はしているはず。いるのに姿が見えない時というのは決まってガレージに停めている車の中で寝ている。あそこが慎導さんが唯一寝れるベッドになっているらしい。

 部屋を出てガレージに顔を出してみると車の後部座席のドアが開いていた。あそこが開いているということはやっぱり中にいるようだ。階段を降りて開いているドアの反対側の窓から中を覗くと慎導さんが寝ている姿が確認できた。

 起こすかどうかについては少し悩む。寝始めてからどれくらい経ってるのだろう。一応今日私が家を訪ねることは連絡していて慎導さんもオッケーをしてくれていたからつい数時間前に寝た、なんてことはないと思うけれどそれでも起こすのは少し気が引けてしまう。不眠症でいつも眠そうだから寝れるときに寝てほしいのだ。
 自分から起きてくるまでは部屋でのんびりさせてもらおうかな、と私はその場を離れようとした。車に背を向けた途端ガコン、と音がする。驚いてもう一度振り向いて中を確認すると慎導さんは起き上がって目を擦っている。ふにゃりとまだ眠たそうな目で私を見ると手招きをされた。中に来い、ということだろうか。

「慎導さん?」
「おはよ、名前」
「・・・おはようございます」

 半ドア状態だったドアを開けると慎導さんが少しだけずれてくれる。座って、という意味で捉えて私は彼の隣に腰かけた。

「思ったより早かったね。買い物して来ると思ってたからあと一時間先くらいかと思ってた」
「今日は買い物してこなかったんです」
「成程成程」

 私が慎導さんの自宅に遊びに行くときは大体行く前に買い物を済ませてから来る。あとは観たいDVDとかも借りたりとにかくお昼よりも少し遅めに到着するのがいつもだった。慎導さんは私のルーティーンに合わせて動いていたようだ。

 慎導さんは小さく欠伸をする。なんだか起こしちゃったことに申し訳なさを感じているとわしゃわしゃと頭を撫でられた。

「うっ、頭ぐしゃぐしゃになります・・・」
「名前はすぐ表情に出る。おれを起こして申し訳ないなーって顔」
「・・・仕事中はちゃんとポーカーフェイス保ててるんで」
「うんうん。切り替え上手いよね。仕事上手は素晴らしい」

 こうして頭を撫でてくるのは私が落ち込んだりしている時だ。すぐに察しちゃうのは流石の洞察力である。

「せっかく休み被ったんだ、いろいろ話そう。おれは名前と会えるの楽しみにしてたんだから」
「・・・はい!」
「ん!よろしい。じゃあ部屋行こうか」

 そう言われるとちょろい私はつい喜んでしまった。心理学を学んでおいてこんな単純に一喜一憂してていいのかな。なんて思う。でもこの人相手に感情のコントロールなんて難しいものだ。

 慎導さんは笑って撫でていた手をずらして私の肩をとんとん、と軽く叩いた。それに頷いて私は車から降りる。

「お湯沸かしてるので珈琲、淹れますね。あと家でお菓子焼いたので持ってきました!」
「おっ!手作りか〜!楽しみだな〜」

 嬉しそうに階段を数段飛ばしでのぼっていく慎導さんを見て思わず口元が緩んだ。休みはそれなりにもらっていたけどこんなに気持ちがあったまるお休みは久しぶりだ。私にとっての慎導さんは自分が思っている以上に大きな存在であってとても大切なものなのかもしれない。彼にとっての私はどうなのかはわからないけれど、でも少しでもこの時間が心地よいものだと思ってくれているといいな。そんなことを思いながら彼の背中を駆け足で追った。




20191119