曖昧な独占欲



 一連の事件の報告書の作成をしていたが小休憩を挟みたくなって飲み物を買いにオフィスを離れた。
 自販機の前には誰もいないしこれはオレンジジュースを買っても良いかもしれない、なんて思っていると「どーも、苗字監視官」と後ろから声をかけられる。…私はここで誰かに遭遇する確率高すぎでは?思わずオレンジジュースのボタンを押そうとしていた手を引っ込めて振り返るとそこには一係の執行官である入江執行官が立っていた。

「ど、どうも」
「今回はお疲れ様っす。苗字監視官見かけによらず武闘派だから結構ビビりましたよ」
「…日頃イグナトフ監視官に指導していただいてるんでそれなりには」
「そりゃ道理でお強い訳だ」

 炯さんの対人スキルの高さをなんとなく理解しているようで入江執行官は私の言葉に目を丸くしながらも苦笑を見せた。

 というか何か用なのだろう。所属が違う私とこんな世間話をするためにわざわざ声をかけたなんて思えなかったので単刀直入に何の用か尋ねると入江執行官は待ってましたと言いたげな表情で私に提案を持ち掛けてくる。

「今日の夜にデカいヤマ解決記念の飲み会やるんすけど苗字監視官もどうっすか?ノンアルコール参加OKで慎導監視官やイグナトフ監視官も参加するんで安心してください」
「…私は一係の人間でもないのにいいんですか?」
「まあそこはサプライズゲストってことで。今回のヤマを一緒に捜査して解決した仲ですし一杯やりましょーよ」

 へらりと笑う入江執行官。彼の申し出は正直嬉しい所がある。二係の執行官とも少しだけ打ち解けられたと思ってたけどまさか一係の執行官の人がこうして声をかけてくれるとは思わなかったからだ。一係の執行官の人達は癖は強いけど優秀だし根っこはいい人が多い。これを機にもう少し親交が深められればまた合同捜査になった時さらに上手く連携が取れるかもしれない。プライベートの誘いではあるが仕事に役立つことでもあると紐づけた私は彼の誘いを受け入れることにした。

「報告書が終わり次第合流でも平気ですか?」
「オッケーっす。終わったら執行官宿舎に来てください。近く来たら俺か…雛河あたりに連絡入れたら迎えいきます。んじゃ俺は怒られたくないんでそろそろ戻ります」
「はあ…わかりました。では後ほど」

 怒られるって誰にだろう。炯さんかな。というか何か理由をつけて抜け出してきているのだろうか。そこは私も窘めるべきかと思ったがそそくさと入江執行官は去ってしまった。…まあいいか。私がそこまで言及するのもどうかと思うし。何か問題があれば炯さんが大体突っこむはずだ。それよりも報告書に早く取り掛からなくては。
 私はデバイスを自販機に近づけてオレンジジュースを購入する。なるべく定時であがれるように頑張ろうと意気込んでオフィスへと速足で戻った。



 ***



「あれ、入江さん飲み物買いに行ったんじゃなかったんですか?」

 用事も済んだので一係のオフィスに戻ると間の抜けた声に迎えられる。俺に視線を向けていたのは慎導監視官だった。目ぇつけられたくないからさっさと帰ってきたのにソッコーで突っ込まれてしまった。こういうところも鋭いのかよ、流石というかなんというか。

「いやー飲みたいヤツ売ってなかったんで戻ってきました」
「成程、それは残念ですね」
「まあ定時まで少しなんで此処は我慢します。終われば美味い酒が待ってますし」
「お酒は程々に、ですよ」
「善処はします」

 なんていったが呑むつもり満々だけどな。とはいえ慎導監視官はそれ以上酒についてを咎める気はないようで「そうしてください」とだけ返してきた。とりあえず上手く誤魔化せたことに一安心して席につく。せっかく思いついたサプライズだ。何とか成功させたいところだな。

「灼、霜月課長からオフィスに来いと指示が来た」
「了解。…多分話長くなると思うんで皆さん定時になったら上がっちゃってください。おれたちは直接宿舎の方に向かいます」

 イグナトフ監視官がネクタイを締め直して立ち上がると慎導監視官も大きく伸びをしてから続けて立ち上がった。しゃっきりして歩くイグナトフ監視官とひょろひょろとそれに着いていこうとする慎導監視官。相変わらず真逆みたいな動きしてんなあ。二人を横目で見ていると俺の背後を通り抜けようとした慎導監視官が屈んで俺にこっそりと耳打ちをしてくる。

「飲み物、オレンジジュースを用意しといてあげてくださいね」
「…は?」
「よろしくお願いします」

 慎導監視官はそれだけ言うとひらひらと手を振って少しペースをあげてオフィスの出口へと向かって行った。
 最初こそ言葉の意味を理解できず眉を顰めたがふとさっき苗字監視官が声をかける前に自販機でオレンジジュースを買おうとしていた光景を思い出す。ひょっとして、ひょっとするとそういうことか?

「(完全お見通しってか…こえー)」

 推測の域は超えないが思わず唾を呑み込む。まあ苗字監視官が一係のオフィス前を通ったのを見かけて俺も後を追うようにして出て行ったからそこから彼女に用事があって追いかけた、というのはわかるといえばわかるのかもしれないが俺が何をしにいったのかまではそれだけでわかるはずがない。けれどあっさり当ててきやがった。ぞくりと鳥肌が立つ。

 アイツは敵に絶対に回したくないヤツだし苗字監視官に手ぇ出すのもヤバいってわからされた瞬間だった。




20200428
灼くんレーダーはいろんなところに張り巡らされてそう