幼き花よ



 午前中は緊急で出動することもなかったためデスクワークを滞りなく進めることができた。お腹もすいたしキリもいい時間なのでお昼をとりに食堂へと向かうと灼さんの背中を発見する。灼さんとこうしてお昼が被るのは久しぶりだ。今日は一係も平和に過ごせているのかもしれない。

「お疲れ様です。お昼ですか?」
「名前。お疲れさま。ちゃんとしたご飯食べて来いって炯に言われちゃってさ」
「正論です。連日カップ麺は駄目ですからね」
「美味しいんだよーあれ。おれの最近のオススメは豚骨醤油」
「栄養価のあるもの食べてください…」

 そろそろ灼さんのお家に積み重なってそうな豚骨醤油ラーメンの残骸を片付けに行かなくちゃな。それに何か日持ちするものを作って冷蔵庫に入れて置いてあげた方がいいかもしれない。あれこれと今度の休みにやりたいことを考えながらも日替わりランチを注文した。今日はカレーライスのようだ。

「そういえば今日の夜は結局大丈夫?」
「特に予定もないので大丈夫です。それで連れて行きたいところって?」

 私と同じように日替わりランチを注文したあと同じテーブルについた灼さんに訊ねた。昨日の夜に今日仕事が終わった後の予定を良ければ空けておいてくれ、なんて連絡が来たので言われた通りにしておいたのだ。灼さんと非番の時間を過ごすことはそこそこあるが大体が私から誘っているのでこのパターンはいつになく嬉しいしそわそわしてしまう。
 
「炯の家で夕飯でもどうかなって」

 唐突の誘いに私がカレーライスから視線をあげれば普段通りにこにこと笑う灼さんが映った。

「炯さんのお家…ですか」
「うん。舞ちゃんが名前に会いたいなーって言ってたよ」
「で、でもいきなりお邪魔するのは失礼では?」
「そこはちゃんと今日は名前を連れて行くって話してあるし平気平気」

 話してしまってるとなると舞子さんのことだ、きっと張り切ってご飯を用意してくれているだろう。そうであるとすれば断るのは申し訳ない。私も久々に舞子さんに会ってお話できるのは嬉しいことでもあるので「それなら行きます」と灼さんの誘いを呑むことにした。灼さんの思い通りに事が進んでいるのはちょっと複雑な気持ちではあるけど。

「じゃあ仕事終わったら駐車場集合で」
「了解です。あ、何かお土産持って行きたいなって思うんですけど…」
「お土産かぁ、舞ちゃんきっと喜ぶよ。流石名前。気が利くね」

 私の提案に灼さんは特に反対することなくカレーを頬張りながら賛成してくれた。ついでに舞子さんの好きなものを教えてくれる。オススメはお花だそうだ。そんな灼さんのアドバイスは為にはなるが同時にふつふつと複雑な気持ちも生まれ始める。


「(流石幼馴染。なんでも知ってるんだなぁ)」


 灼さんと炯さん、そして舞子さんは小さい頃からの仲らしい。一緒に過ごしていた時間が長いぶんお互いのことをしっかり理解しているのだろう。灼さんと炯さんはザイルパートナーというやつだし炯さんと舞子さんは夫婦なので見ていてわかるが灼さんと舞子さんもまた同じだ。どう頑張っても私が踏み込めないことをあの三人は共有している。

 別に仲間はずれだなんていうふうに思うことはない。けれど羨ましいという気持ちだけはある。私ももっと灼さんのことを知れたらなあ。踏み込むことができたらなあ、なんて思ってしまうのだ。我ながら浅はかだし子供じみた感情にため息が出そうになる。あんまり考えると色相が濁ってしまうんじゃないだろうか。

「名前は?」
「え?」
「名前の好きな花は何かなって思って」

 自分の気持ちの整理をしていると灼さんにそんなことを尋ねられる。急にそんなことを言われてもなかなかふっと思いつかない。どう返答するか悩んでいる中、ホロではあるが家で飾っている花があったのを思い出した。

「花はあんまり詳しくないんですが…シクラメンとか好きです。華やかなのでホロですが部屋に置いてます」
「ふむふむ。へぇ。可愛いお花だ。何だか名前っぽいね」

 デバイスで検索をかけて画像を見ながら灼さんは感想を述べた。
 すごく好き!というほどでもないがそれでも香りや控えめに咲く感じが可愛いと思っていたのでそれが私っぽい、と言われるのはなんだか気恥ずかしくなってしまう。というか私っぽいってなんだ。もう、自分で何言ってるのかわかってるのかなあ、灼さんは。

「全然そんなことないですよ。私なんてガサツだし、女らしくもないし」

 お花は綺麗で華やかだ。私みたいに仕事が第一で見た目もそんなに気にしていない、女らしいところがほとんどない正反対の人間に言うべき言葉じゃない。なるべきだ、とは思うけれどそんな余裕が私にはなかった。

「名前は十分女の子らしいと思うけどなあ」
「お、お世辞言っても何も出ないですからね!」
「ハハ、手厳しい」

 言われ慣れない言葉にどぎまぎすると灼さんはふにゃりといつもの笑みを見せる。その笑みのせいで言葉が本心からだったのか、私の気持ちを楽にすべきと考えて言ったのかは判断がつかなかった。(前者であってほしいと思ってしまうのはただの私の願望である)

「ホントはすごく照れ屋さんだし甘いものやオムライスが好きなのに大人っぽくないからって人が多いときは食べるの我慢しちゃうなんて可愛い要素ばっかりだとおれは思うけど」
「あ、灼さん!?」
「あんまり自分の事を卑下にしすぎちゃ駄目だよ。名前は名前らしく。今のままが一番」

 灼さんが私の頭をぽんぽんと軽く撫でた。なんだかあやされてるみたいでむず痒い感じである。

「とりあえず舞ちゃんへのお土産選びはおれも協力するよ。炯のためにいろいろリサーチしてたせいで知識だけはあるから」
「だから詳しかったんですね」
「そう。炯ってば舞ちゃんに対しては奥手でさ…ってあんまり話すと炯に怒られそうだけど」

 なんて灼さんは悪戯っぽく笑う。結構てきぱきしてるし冷静な炯さんなのでイメージがあんまりつかなかった。意外だな。
 炯さんの恋愛事情は気になる所だったけれど灼さんが舞子さんのことをやたら詳しい理由が知れて何故か一安心している。自分が思っている以上に灼さんのことを気にしているようだ。あんまりいい面ではないかもしれないけど女っぽい一面も持ち合わせていたんだな、と先ほどから感じていた複雑な気持ちの正体に気付いた私は灼さんの話に合わせるようにして笑みを零したのだった。




20200513
シクラメンは憧れとか内気とか奥手っぽい花言葉がある反面嫉妬って花言葉もあるそうです