もしよかったら着てみて、と集まりの時にサテュロスちゃんからプレゼントされたのは人間が普段着ていそうな洋服だった。胸元に可愛らしい薄紫のリボン(まるでハンニバルさんの毛並みの色みたいだ)がついたブラウスに少しだけ短いチェックのスカート、それから少しだけヒールの高いブーツ。ナマエちゃんは髪がさらさらだから似合いそう、なんていって可愛い髪飾りもくれた。こういった洋服を持っていなかった私にとってこのプレゼントは有り難いもので、大切に着させてもらおう。
 
「うーん、こんな感じかなあ」

 集合時間までまだ少し時間がある。私は髪飾りをどこにつけようか迷っていた。
 今日から人間の街を散策する。最近気付いたのだがバアルさんは結構街中を歩くことを躊躇わない。いろんなめろでぃー?があって見つけるのが楽しいらしい。「人間の街は私が聞かないような音で溢れているから探すのが楽しいかも」なんて私の捻りのない考えに対してバアルさんは珍しく肯定してくれたのは記憶に新しい話だ。
 そんなわけで人間の街をうろつくならどうせならおしゃれをしたらいい、なんて言ってサテュロスちゃんが洋服をくれたわけだ。今日はせっかくだし他にもよさそうな服を見つけたら買ってみよう、ちょっとした楽しみもつくった。

「入るぞ」
「わ、バアルさん」
「ノックをしたら返事くらいはしろ」

 隣の部屋にいるはずのバアルさんが気が付けば私の部屋に来ていた。どうやらノックをしてくれていたようだが私がうんうん悩んでいて気付かず、不思議に思って入って来たらしい。見られて減る物ではないが着替えている途中とかじゃなくてよかった。何故だかちょっとだけそういうところを最近は意識してしまう。
 バアルさんは普段の雰囲気に似ているがまた別の服を着ていた。おそらく街中に溶け込むために用意している服だろう。何着ても綺麗な人は綺麗だ。うらやましい。なんて思っているとバアルさんがじい、と私を見ている。サテュロスちゃんからもらった服を着て見せるのは初めてだから新鮮なのかもしれない。

「サテュロスちゃんからもらったんです。どうでしょうか」
「……」
「え、えと」

 くるり、と一回転してみせる。変なところがあったら指摘してもらえるかな、なんて思ったがバアルさんは特に何も言ってくれない。それが一番怖いのだけど。沈黙に耐えられず言葉を詰まらせているとバアルさんが私が持っていた髪飾りをひょい、と奪い取る。

「あ、」
「このあたりにつけるのがバランス的にいいんじゃないか」

 優しい手つきでぱちん、と髪飾りをつけてくれたバアルさんは「確認してみろ」と反射的に目を瞑っていた私に声をかける。おそるおそる目を開けて鏡を見ればどこにつけようか悩んでいたのはなんだったのだろうか、ぴったりいい場所につけてくれていた。

「あ、ありがとう」
「それで準備は整ったのか?」
「はい!…あの、今日は新しいお洋服、買いたいんですけど。…その、付き合ってもらってもいいですか?選んだりすることしたことなくて、」

 街を一緒にまわる、なんて約束はしてなかったがバアルさんをこれを機にもう少しいろいろ知ってみたいと思った。どんな音が好きなのか、どんな服を良いと思ってくれるのか。気になることがぽんぽんと生まれている。些細な疑問を潰したい、なんていうのは建前なのかもしれないけど。
 私の誘いにバアルさんは小さく息をつく。「俺も誰かの服を選ぶなんてことはしたことがないんだが」と言われてしまいこれはお誘い失敗かな、なんて少しだけ残念な気持ちになる。

「俺の意見が気になるなら伝えてやる」
「…!もう!いま私の心読んだでしょ!」
「さぁ、どうだろうな。」

 残念な気持ちから恥ずかしさの方が勝ってしまう。時々こうしてうっかり、なんて言ってバアルさんはいつもよりちょっと楽しげな表情で私をからかうように心の声を聞き取ってくる。何もかも見透かされてしまうっていうのはどうもむず痒い。けれどバアルさんは汲み取った上で私がしてほしいことをなんだかんだやってくれる。今回だって私の買い物に付き合ってくれるのが嬉しくて結局許しちゃうから最近の私はとことんバアルさんに弱い。