「よお、悟天」
「あ!おじちゃん!」
開けた草むらで虫取りをしていた悟天は、背後からかけられた声の主を確認すると駆け寄って抱き着いた。
おじちゃんと呼ばれた男は、弾丸よろしく突進して抱き着かれた勢いを受け流すようにくるりと一回転して少年を降ろす。伯父と甥の関係である彼らだが、家事に忙しい母や勉強に勤しむ兄に代わって幼い頃から悟天と遊んだり、修行をつけたりしているため悟天はナマエのことを年の離れたもう1人の兄のように慕っていた。
「何してたんだ?」
「兄ちゃんが空の飛び方教えてくれるの待ってるんだよ」
「そうなんか。そのお兄ちゃんはどうした?」
「お客さんに気のこと教えてる」
「ふぅん……ああ、あの人か」
ナマエが悟飯の気のほうに体を向け、目を凝らすと遠方の草原で向かい合って座る男女の姿が見えた。悟空があの世から戻ってくると報告に来た時、困ったように笑いながらサイヤマンの正体がバレたのだと話していた甥の顔を思い出す。おそらく彼女が天下一武道会に参加するきっかけになった同級生なのだろう。座学からとなると、舞空術の実践までまだしばらくかかりそうだ。
「お兄ちゃんが呼ぶまでおじちゃんと遊ぶか?」
「うん!あそぼあそぼ!ボク対決ごっこしたい!」
子どもが一人で時間を潰すのも限度があるだろう。そう思い尋ねれば、悟天はぴょんと飛び跳ねて頷いた。
「ごはーん」
上から降ってきた声に顔を上げると、抱き上げた腕に悟天を座らせたナマエが空から降りてくるところだった。
「ナマエおじさん、どうしたんですか?」
「ちょっと悟天借りていいか?休みなんだけどすることなくてさあ。向こうの平野で遊んでるから、舞空術教える時になったら呼んでくれ」
悟飯の向かいに座るビーデルにも会釈をして、「がんばれよー」と笑って浮き上がり飛び去って行く背中に「わかりました」と声を投げる。悟天から事情を聞いたのだろう。弟が退屈しないように、自分が気にしないように、暇だからなんて理由付けをして構ってくれる叔父に悟飯は心の中でお礼を言った。
「ねえ。あの人も飛んでたけど、知り合いなの?」
「あ、はい。伯父なんです」
むむ、と眉を寄せたビーデルが小さくなっていくナマエに目を向けたまま口を開く。悔しい、そんな気持ちが声に出さずとも伝わってくる。どうやら彼女の負けず嫌いに油を注いでしまったらしい。
ビーデルさんもすぐ飛べるようになりますよー、などと苦笑いで意識を逸らして悟飯は講義を再開した。
悟天は伯父が好きだ。
遊びに来るときはいつもお土産を持ってきてくれるのは嬉しかったし、友人のように遊んでくれるのは楽しく、時には父のように、兄のように、甘やかしたり諭してくれるのが心地よかった。
「疲れちゃった。もう歩けないよぉ、抱っこしてー?」
「はいはい、おいで」
しょげたように頭を下げてしゃがみ込み、上目遣いに見上げれば、彼はいつだって笑って両手を広げて迎え入れてくれた。優しくしっかりと自分を支えてくれる腕に、父親がいたらこんな感じなのかもしれないと思ったことは1度や2度ではない。サイヤ人の、孫悟空の血を引いているからそう簡単に疲れるわけがないとわかっていたはずなのに、何かと言い訳をして抱っこやおんぶをせがむ自分に文句ひとつ言わず付き合ってくれていたのだと、大きくなるにつれ理解した悟天はさらに伯父が好きになった。
「だーれだ?」
「ごーてん」
背後から近づき両手で目隠しをした悟天に新聞を読んでいたナマエは迷いなく答えた。こんな茶目っ気のある親戚は1人しかいない。「当ったりー!」と顔から外した手をそのまま今度は首に回して抱き着く甥の頭を紙面に目を落としたまま撫でたナマエは、いつもと違う感触に顔を後ろに向けた。
「あれ、どうしたんだ?その髪型」
「イメチェンだよ!似合う?」
「似合う似合う。でもいつものままでもかっこよかったけどなあ」
「だってさぁ、皆ボクをお父さんと間違えるんだもん」
ナマエの肩に顎を乗せた悟天がうんざりしたようにぼやくとナマエがそうかな、と首を傾げた。成長するにつれ更に悟空と瓜二つになっていくと、母親のチチですら一瞬見間違えることがあるくらいなのだ。仲間は言わずもがな。悟天と悟空を間違えずに接しているのは当人たちとナマエくらいである。父親の服を借りたり、わざと父親のような言動で近づいてもナマエは一度も2人を見間違えたことはない。なぜ見分けられるのか尋ねれば「全然似てないから」とさらりと返された。本能で区別しているのかもしれない。
「ねえおじさん、デートしない?」
「なんだ、また何か欲しいものがあるのか?」
「へへ〜、お気に入りのブランドから新しいスニーカーが出てさ」
「小遣い貯めろ。それかバイトしな」
にべもなく断られた悟天は唇を尖らせる。
ねえお願いだよお。今月ピンチなんだよぅ。
額をナマエの肩口にうずめてぐりぐりと押し付けながら、うだうだとしつこくおねだりを繰り返せば根負けするのはいつも伯父の方だ。
はあ、と大きなため息を吐いて、わざとらしい仕草でナマエはキッチンを指さした。
「あー台所の皿の山洗うのめんどくさいなー。誰か洗ってくれんかな。今なら靴が買えるくらいのバイト代を出すんだけどなー」
「!ボクが洗うよ!」
言い終わる前に食いついた悟天に伯父はしょうがないと言わんばかりの顔で口角を緩めた。
なんだかんだ言いながら結局甘やかしてしまうのは悪癖だと自覚しているが、いくつになっても懐いてくれる甥はかわいいのである。
「ちゃんと油汚れも落としてくれよ」
「任せて!終わったら都行こうね!」
「バイト代渡すんだから女の子と買いに行きゃいいじゃないか」
「おじさんとデートしたいの!」
「おいやめろ、その言い方はなんか嫌だ」
援助交際してるみたいで。内心でいかがわしいお付き合いを想像してしまい、ナマエがむすりと眉を寄せれば何を察したのか隣に座りなおした悟天が伯父の右腕に両腕を絡めて身を寄せた。たいていの女の子が頬を染める上目遣いでにっこりと笑って見せる。
「おじさんだーいすきー!」
「やめろやめろ腕に抱き着くなシャレにならん!」
「ボク、靴買ってほしいだけじゃなくてほんとに伯父さんとお出かけしたいんだよ?お茶したりご飯食べたり遊びに行ったりしよーよ。ね?」
「だあぁ!もうわかった、わかったからくっつくなって!」
「よっしゃ言質取った」
「まったく……誰に似たのかね」
冷や汗を滲ませるナマエをからかって楽しんだ悟天はパーカーの袖をまくり上げながらキッチンに足を向けた。