異世界トリップした挙句、「赤ん坊になって人生やり直してね!」と界王神さまとかいうやんごとなき存在から地上に降ろされて早10年。
最初は山の中に転移させられて、すわ人生詰みRTAか!やり直す前に終わるぞ!?と絶望のギャン泣きを晒していたが、泣き声を聞きつけた心優しいお爺さんに見つけてもらい事なきを得た。残念ながらオレを拾ってくれた育ての親こと孫悟飯は早逝してしまったが、彼の義理の孫である孫悟空とは良好な兄弟関係を築いている。
4つ年上の悟空は弟ができたことが余程嬉しかったのか子どもの頃から兄として何かと世話を焼いてくれた。実際は大雑把な兄さんの世話をオレが焼いていたことの方が多かったように思うが、気にかけてくれていたのは間違いない。
夜に用を足そうとしたらわざわざ起きて一緒についてきてくれたり、着替えを手伝ってくれたり。
幼児の頃は助かっていたけれど、大人になっても対応が変わらないので兄にとってオレはいつまでも小さくか弱い生き物に見えているのかもしれない。いやそれにしてもちょっと過保護が過ぎるような。現代で生きていた時はひとりっ子だったので兄弟の距離感がわからないんだが。
ひとりでできるよ、とさりげなく自立しますアピールしてもうまく伝わっていないのか、「いいからいいから」と兄はいつも笑って構ってくる。善意からだとわかっているので強く断れないのが悩みの種だった。
だが、転機が訪れた。
青年になった兄の前に、かつて結婚の約束をしたチチが現れたのだ。
そう、結婚である。意味もわからず口約束をした挙句すっかり忘れてしまっていた悟空に、一途に待ち続けたチチがブチ切れ、武道会でバトッた後にかつての少女を思い出した悟空が約束を果たすことになった顛末は武闘家らしいというか、兄らしいというか。
とにかくめでたい。これを機に兄も弟離れしてくれるだろう。なんたって新婚さんだ。ハネムーン行ったり新居での生活だったりとこれまでの生活がまるごと変わるのだから弟に構ってる暇なんてないだろう。兄のことは家族として大好きだが、このままじゃ良くないんじゃないかと危機感を募らせていた身には天の助けのように思えた。
「兄さんおめでとう!幸せになってくれよ!」
「なあ、ケッコンってそんなめでてえことなのか?」
「そりゃ勿論。いやあ、まさかこんな日がくるとはなぁ!」
「ナマエは、おめぇはオラがケッコンすると嬉しいのか?」
「えっ」
その瞬間、周りの音が遠ざかった気がした。すぐ近くにヤムチャやクリリンたちがいるからそんなはずはないのに、兄と自分以外の気配がひどく朧げになったような。こちらをじい、と見つめる兄の瞳はいつもと変わらないはずなのに、冷え冷えとした、薄ら寒い気配に体が硬直する。
ボタンを掛け間違えたような違和感があるのに、それが何かわからない。けれどここで正解を答えなければ、取り返しのつかないことになる確信があった。
「……う、うん。嬉しいよ」
「そっか。ならいいんだ」
ニッと笑顔を浮かべた兄は、オレの頭をポンと軽く叩いて控え室へ歩いて行った。
クリリンたちはあまりの急展開に悟空を羨みながらも祝福の言葉を投げている。
仲間たちから少し離れ、額に滲んだ冷や汗を拭うと謎の緊張に詰めていた息を吐き出した。
まるで、弟が喜ぶから結婚する、みたいな、そんなふうに聞こえたけれど。いやいや思い上がりすぎだろう。自惚れすぎだわ。いくら兄弟仲がいいからって。だって、情に厚いがけっこうさっぱりとした、ドライな性格の兄なのだ。誰かが望むからその通りにする、なんてことはしない。あの人の行動原理はいつだって自分がどうなりたいか、なのだから。あれかな。兄を取られたとか、そういう寂しさから変な勘繰りをしたのかな。まいったな〜オレも結構なブラコンじゃん。せっかくの祝い事に暗い顔をしてどうする。しっかりしろ。
纏わりつく悪寒を振り払うように頭を振って、両手で頬を叩いた。